ムサイ級のこと


 ギリシア神話にいう「ムサイ(Musai)」とは、主神ゼウスと記憶の女神ムネモシュケとのあいだに生まれた娘たちのことであり、学芸の守護者たるカリオペ、クレイオ、エラト、エウテルペ、メルポメネ、ポリュムニア、タレイア、テルプシコラ、ウラニアの9人姉妹の女神とされる。

 ムサイ級巡洋艦のネームシップが「ムサイ」なのか、それとも「カリオペ」「クレイオ」「エラト」…と、それぞれの女神の名を頂く艦艇を総称して「ムサイ級」と呼んだのかは定かではないが、いずれにしろ、「ムサイ」という語がギリシア神話の女神に由来するのではないか、という点は主張してみてもよかろう。

 さて、ムサイ級の命名法則を推測する前に、一度これまでに確認されている艦名を整理してみたい。確認されている中で最も多いグループが「〜メル」で脚韻を踏む一群である。ルウム戦役で旗艦を務めたとされる「ファルメル」を始め、一年戦争中に「キャメル」「スワメル」「トクメル」「バロメル」「クワメル」が知られ、また一部の資料には「ブルメル031」の名も見られる。次に多いのが北欧神話系の艦名で、「ペールギュント」「ニーベルング」「ジークフリート101」「ヴァルキューレ103」等、中世高地ドイツ語文学に纏わる名前を加えた艦艇群が第2のグループを形成している。

 それ以外で確認されているものには、「トルメス」「ハボック」「ホーカム」「ケーニッヒ」「トレネ」「ブレイブ」「メドガー・エバース」等がある。この中で法則性が見出せるものは「ハボック」と「ホーカム」であろう。これらの名前は実際にソ連製のヘリコプターにコードネームとして与えられていたこともある。冷戦時代、ソ連製の軍用機の名称は西側には明かされていなかったため、こうしてヘリコプターなら「H」、戦闘機なら「F」、爆撃機なら「B」というように、それぞれを表わす記号を頭文字とするコードネームを与えていたのである。艦艇の命名法則には、特に意味上の統一をせず、頭韻を揃えることで同クラスであることを主張したものも多い。「ハボック(Havoc)」「ホーカム(Hocum)」とも、「H」で頭韻を踏んでおり、「〜メル」の脚韻系のほかに「H」で始まる頭韻系の艦艇名もあったことが窺える。

 「ブレイブ」「メドガー・エバース」は珍しく人名系の命名だが、「ブレイブ」に関しては戦死したブレイブ・コッド元大尉を悼んでニューディサイズによって改名されたものであることが判明している。これに対し「メドガー・エバース(Medgar W.Evers)」は時期的にも90年代に属し、かなりの改装も施されているところから、本来の艦名ではなく、NSPに渡って改名されたものであろう。この過激派武装組織は「NSP(New Summer Project)」という名が示すとおり、かつての黒人運動を理想化しており、ミシシッピー州の全米黒人向上協会の書記を務め、1963年6月12日、白人優越主義者によって暗殺されたメドガー・W・エバースにちなんで付けられたものと思われる。その他の艦名については語源が不明である。

 なお、戦前から緒戦時の一時期にかけて、船体に艦番号を大書きする塗装が施されていたようである。個艦の識別を容易にするためであろうが、一年戦争が進展するにしたがって多くの艦がこの艦番号を消したり塗りつぶしたりしていった。そのため、一年戦争中の写真でこれらの塗装が確認されることは希だが、一週間戦争時には、まだ若干の艦でこれらの塗装が確認できる。「005」「016」「104」「124」「139」「150」等が確認されており、最大で「150」という番号を頂いていることに注意したい。一年戦争末期に就役した新造艦が「ジークフリート101」「ワルキューレ103」といった艦番号を頂いていることから考えて、起工・竣工に関しては艦によってかなり前後したものと推察できる。一部の資料には「バルキリー級空母」という記述が見受けられるが、「バルキリー(Valkyrie)」と「ワルキューレ(Valkyrie)」は発音が異なるだけで表記上は同一である。バルキリー級空母が実際に竣工し、就役したという信頼できる資料がないことから、「101」「103」等はバルキリー級空母として起工しながらも、途中で設計を変更してMS搭載巡洋艦として就役し たのであろう。そのために竣工が遅れ、大戦末期の艦隊配備となったのではなかろうか。

 また、これらの艦番号に着目すると、「ブルメル031」の番号が「かなり若い」ことがわかる。「〜メル」系の艦名を持つ一群が30番台を中心として建造されたとすると、従来言われてきたように「キャメル」「スワメル」「トクメル」等の軽武装型が一年戦争後期の型であるという説は改める必要があるかもしれない。強いて解釈すれば、「起工は30番目前後だったが、事情により就役するのが遅れた」ということになろうか。艦番号と実際の就役順に大きな隔たりがあった可能性は大いにありうるのであり、ドレン艦隊に配備された2砲塔型も竣工の遅れた艦であったのかもしれない。

 以下は推定によるムサイ級建造順の一覧である。もちろん、艦番号やグループ中の順列は推定であり、「おおよそ」以上のものではないことをお断わりしておく。また、竣工・就役の順もこのかぎりではないので注意されたい。
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○ムサイ系9隻(推定)
「カリオペ001」
「クレイオ002」
「エラト003」
「エウテルペ004」
「メルポメネ005」(一週間戦争に参加?)
「ポリュムニア006」
「タレイア007」
「テルプシコラ008」
「ウラニア009」
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010〜024不明
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○「〜メル」系7隻(順列、艦番号は推定)
「ファルメル025」
「キャメル026」(2砲塔型)
「スワメル027」(2砲塔型)
「トクメル028」(2砲塔型)
「バロメル029」
「クワメル030」
「ブルメル031」
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○「H」系3隻(艦番号は推定)
「ハボック(Havoc)032」
「ホーカム(Hocum)033」
「ヘルホーク(Hell hawk)034」(仮)
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○「T」系2隻(艦番号は推定)
「トルメス035」
「トレネ036」(戦後連邦軍に接収)
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037〜097不明
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○ゲルマン系7隻
後期型
「ペールギュント(Peer Gynt)098」(本国工廠?)
「ニーベルング(Nibelung)099」(本国工廠?)
「ケーニッヒ(Konig)100」(本国工廠?)
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「ジークフリート(Siegfried)101」(2砲塔型)(グラナダ工廠?)
「102」不明(グラナダ工廠?)
「ワルキューレ(Valkyrie)103」(2砲塔型)(グラナダ工廠?)
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前期型
「リープフラウミルヒ(Liebfraumilch)104(仮)」(一週間戦争に参加?、前期型)
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○不明系 105〜
「124」不明(一週間戦争に参加)
「139」不明(一週間戦争に参加)
「150」不明(一週間戦争に参加)
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○ズワール級高速巡洋艦
「ガールアウス???」


 最後に、「ムサイ級」というクラスはUC暦のオリジナルだと思われるかもしれないが、実際には旧世紀の艦艇に「ムサイ級」と呼んでも差し支えないような艦が存在する。少なくとも、19世紀末から20世紀にかけて、英国海軍には以下のような艦が実在した。

ミディア級二等防護巡洋艦
「メルポミニ(Melpomeme)」1890年竣工 1905年売却
アポロ級二等防護巡洋艦
「タープシコリ(Terpsichore)」1890年10月30日竣工 1914年売却
カライアピ級軽巡洋艦
「カライアピ(Calliope)」1915年6月竣工 1931年8月売却
T級駆逐艦
「タープシコリィ(Terpsichore)」1943年1月20日竣工  1966年解体
U級駆逐艦
「ウラニア(Urania)」1944年1月18日竣工 1971年解体

 以上、いずれも「ムサイ」の名であり、艦艇に「学芸の女神」の名を頂くことがそれほど違和感を伴うものではなく、UC暦に「ムサイ級」という艦艇群が存在したとしてもおかしくないことがわかっていただけるものと思う。

 今回の考察は、もちろん何の根拠もないわけではないが確たる証拠もない。こういう風に考えてみてはどうか?という程度の問題提起である。ムサイ級の命名に際し、諸兄の参考にでもなれば十分である。


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