No.5
本日の例会
2005年8月2日(火)第2199回
君が代・奉仕の理想
献 立 100万ドルミール
委員会事項 誕生日御祝
卓 話 入江敏夫さん
    植田哲朗さん
    福本 登さん
※例会終了後定例理事会3F高砂の間

次週の例会
2005年8月9日(火)第2200回
ロータリーソング 我等の生業
献 立 洋 食
委員会事項 結婚記念日御祝
卓 話 「松下政経塾あれこれ」
 松下政経塾塾生・小児科医
      坂野 真理氏
※18:30〜クラブ協議会3F高砂の間

先 週 の 例 会
2005年7月26日(火)
会長挨拶
 テロ、北朝鮮問題、道路公団、郵政そして台風の接近と心配な事が続いていますが、一昨日良い事がありました。鳥取西高が12年ぶり22回目の甲子園出場が決まりました。おめでとうございます。私は52年前の昭和28年西高3年生でした。東中国予選が、鳥取公設球場で開かれ、音田、益田のバッテリーで、出雲高、関西高、米子南高に勝ち甲子園へ行く事が決まった時の喜びは今でも思い出すことが出来ます。
 一生懸命に応援し、校歌を高らかに歌った事は最高の高校生活であったと思います。
 その後、生徒と先生が一体となり、大学受験も好結果だったと思っています。
 高校野球が良いとその地区は好景気となるそうです。鳥取地区もそうなればいいと思います。
幹事報告
(到着文書)
1.ガバナー事務所 地区会員増強・ロータリー財団セミナー案内9/4(日)岡山コンベンション(会長・幹事・会員増強委員長・ロータリー財団委員長出席)
2.尚徳錬武館 7月10日大会成績表と礼状
3.県民の警察を励ます会 広報誌KOBAN
4.JICA中国 JICA中国ニュース第8号
5.岡野貞一とその名曲〜岡野貞一伝記〜
1冊3,500円申込は事務局まで
6.月報・週報 岡山RC・岡山西RC・岡山城RC
(例会変更)
鳥取RC 7/28夜間例会 受付定刻アクティビル5F
     8/11休会 受付なし
     8/4通常例会 例会場アクティビル3F鶴の間
鳥取西RC 8/5夜間例会 受付定刻定例会場
      8/12休会 受付なし
倉吉RC 8/16休会 受付なし
倉吉東RC 8/11→8/7 受付8/11定刻事務局
倉吉中央RC 8/17休会 受付なし
       8/31夜間例会 受付定刻事務局
米子東RC 8/3夜間例会 受付定刻ホテルサンルート米子フロント
      8/17休会 受付なし
(当クラブ連絡事項)
1.8月の行事予定
 8/9 18:30〜クラブ協議会
 8/16 休会
 8/23 10:30〜井上ガバナー補佐をお迎えしてのクラブ協議会
 8/30 18:30〜納涼移動夜間例会
2.本日例会後45周年記念事業委員会
3.吉田会長へ米山功労者(マルチ)感謝状
委員会報告
◎出席率報告
7月26日 会員68名中 欠席12名 82.35%
7月12日 補正後欠席4名 出席免除13名
                92.73%
◎出席表彰
河野二朗さん(26年)霜村哲男さん(10年)
松田 剛さん(10年)田辺賢二さん(8年)
原田克巳さん(2年)小林弘尚さん(1年)
平木祥夫さん(1年)
◎梨狩り納涼夜間例会案内
8/30(火)梨狩り参加者16:30鳥取駅南口出発
梨狩り…鳥取大学農場
納涼例会…18:30〜レーク大樹
メークアップ
7/20倉吉中央RC 田中和夫さん 山田雅文さん 原田克巳さん 遠藤正昭さん 西尾昌宜さん
7/21RAC 小原 誠さん 中山 勇さん
 山根敏男さん
7/22鳥取西RC 中村孝男さん
スマイル報告(本日42,000円 累計140,000円)
吉田 通さん 鳥取西高甲子園出場おめでとうございます。
中村孝男さん 記念品ありがとうございました。
道上正矢見さん 1.福石さん先日は暑いところで大変お世話になりました。2.創業記念日
竹田達夫さん 西高の甲子園出場に関して、皆様にご無理をお願いします。どうか宜しくご協力下さい。
角脇篤彦さん 鳥取西高久々で良い夏になりました。
小林弘尚さん 1.暑い夏、12年振りの甲子園。夢を実現させてくれた素晴しい後輩達に感謝!!
2.出席表彰
松下栄一郎さん 祝西高甲子園
朝倉通憲さん 久し振りに倉吉まで行って高校野球の決勝戦を見ました。感動しました。地元の鳥取西の甲子園出場おめでとうございます。
前田清介さん 甲子園出場フレーフレー西高
早川慶子さん 鳥取西高甲子園出場おめでとうございます。
松田 剛さん 鳥取西高の12年振りの甲子園出場を祝して。
親睦委員会 ビールがおいしい時節となりました。でもホドホドに願います。
戸杉和敏さん・田中彰さん 創業記念日
霜村哲男さん・河野二朗さん
平木祥夫さん・田辺賢二さん 出席表彰
早退1件

卓 話
「遺言のすすめ」 朝倉通憲さん
 最近テレビ等で遺産をめぐって紛争が連日大きくとり上げられています。このような遺産争いを未然に防止するのが遺言です。まさに遺言の有無がその明暗を分けるといっても過言ではないのです。イギリスでは遺言なしで死ねば笑いものにされるということわざもあり、今や遺言は常識といわれています。
 では、遺言が特に必要な場合とは。
1.夫婦間に子どもなく、妻に全財産を残したい時 2.息子の嫁又は娘の夫に残したい時 3.先妻の子と後妻の子がいる時 4.内縁の妻がいる時 5.相続人が全くいない場合 6.財産が分割相続されることになじまない時 7.子どもに残すよりしっかりした孫に残したい時 8.病弱な子、身障者である子どもにより多くの財産を残したい時 9.相続人はいるが相続人以外の者にある特定の財産を残したい時 10.遺産を分益活動に役立てたい場合
 遺言の方法とは。
公正証書遺言…安全確実秘密厳守されるが証人2名と手数料支払が必要
直筆証書遺言…費用はいらないが、裁判官の検認手続が必要。内容の書き方によって無効扱いされる場合がある。

「鳥取県医師会事情」 入江宏一さん
 医師会の歴史を振り返ってみますと 王政愎古のあと、明治新政府は欧米先進国に範をとり、諸制度の改革にのりだしました。衛生行政においては明治7年に医制が発布され、明治16年には医師免許規則、医師開業試験規則が定められ、さらに、明治39年に医師法が制定されて近代的医療制度が確立されました。
 医師法は医師の資格を規定したばかりでなく、医師会のことも規定しており、まず郡市医師会を設立し、ついで県医師会を設立することになります。
 鳥取県においては、明治41年2月20日に鳥取県医師会が誕生しました。医師は本籍寄留のいかんを問わず医師会に加入することになっていました。当時の医師会規則の目的をみますと 医師の権利の伸張、業務の保全、医風高尚、医事衛生の発達があげられており、当時の会員数は329名となっています。
 大正12年医師法の改正により、都道府県医師会は日本医師会を設立することができるようになり、これによって日本医師会を頂点とする中央、地方の医師会の系列化が確立されました。
 その後、戦時中の国民医療法による完全統制時代を経て昭和21年11月新制医師会が誕生しました。戦後の医師会を前期、中期、後期に分類しますと、前期は組織の体制固めの時代であり、中期は昭和36年の国民皆保険に見られるように、医療の社会化が進み、医療保険制度の改革をめぐって、対立抗争を繰り返し、昭和46年7月には1月間の保険医総辞退がおこなわれました。後期は急速な人口の高齢化。医療技術の高度化に伴い医療費が増大する中で老人保健法の創設、あいつぐ医療法、健康保険法の改正、さらに介護保険法の創設がおこなわれましたが、今、医療保険制度の抜本改革がぎろんされているところです。

「競馬について」 奥山育英さん
 昭和41年ごろ、義弟が競馬に熱中していてその影響もあって、私も見様見まねではじめました。当時は名馬シンザンが引退したばかりで、競馬がイメージの悪かったギャンブルから脱却しはじめ、大衆化しはじめたころです。中央競馬から草競馬まで行っておりました。
 昭和42〜43年ごろ、はじめて行った競馬場で、ハヤフブキという馬が4コーナーまでトップで走っていました。その時以降ハヤフブキのおっかけをしてました。その後海外留学をはさみ再び昭和48年ごろから競馬をはじめました。当時ハイセイコーという人気馬がいました。ダービーでタケホープという馬が出ていました。母馬はハヤフブキでした。神様が私に教えてくれたと思ったのですが、ハヤフブキはたいした馬でないという思い出がありました。しかしタケホープはハイセイコーを敗ってこの年のダービーに優勝しました。非常に不思議な感じがしました。一生懸命ハヤフブキを追っていて、ハヤフブキの夢が、オークス、ダービーにその子どもが勝って実現された。
 最近の競馬は、ギャンブル性がとんできて買い方も複雑なものもあり、100円が一瞬にして2000万円になる時代です。しかもウインズが各地にできていますし、電話で買える。皆で楽しんで、税金を納めたらいかがでしょうか。