鳥取県 曹洞宗 大樹寺 有楽椿 ウラクツバキ

  鳥取県八頭郡八頭町にある大樹寺(だいじゅじ)と、その境内にある有楽椿(ウラクツバキ)のホームページです。



 ●プロフィール

住所
    やずぐん やずちょう ふくち
鳥取県 八頭郡 八頭町 福地 408
0858-74-0854


 ●ブログ

大樹寺ブログ
大樹寺の行事や有楽椿の状況などをブログで公開中


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紹介


大樹寺について 鳥取市の南部、JR因美線と若桜線が交差する八頭町(旧郡家町/こおげちょう)は,八頭群政の中心地であった。
大樹寺は「全国寺院名鑑」に、−旧記録を焼失して創建年代は不詳、往時は隣村、市場集落の山上にあって、家老安藤義光の菩提所であった。天正年間(1573〜92)兵火にかかり、明暦年中(1655〜58)現在地に再興。曹洞宗に改めて鹿野町の譲傳寺末となる。宝暦年中(1751〜64)またも火災に遭うが、八世真龍が復興して今日に至る。
大樹とは、将軍または為政者の雅称。中国は後漢の将軍・馮異が、諸将の功を論ずるとき、席を退いて大樹の下に座ったという故事によるが、大樹寺の縁起に、城主の菩提寺というのも頷ける。
豊臣秀吉が鳥取城を攻略したのは、ときに天正八年(1580)である。このとき秀吉は、若桜城を陥して守りの要とした。大樹寺が焼失したのも、恐らくこの時期であろう。
譲傳寺は、鹿野町今町にある。応安四年(1372)笑巌和尚が開山。鹿野城主・亀井茲矩公の庇護をこうむり熾盛した。


有楽椿について 境内正面の石段左側に推定樹齢400年以上の大椿がある。
この椿は関西では「有楽椿(うらくつばき)」、関東では「太郎冠者(たろうかじゃ)」と呼ばれ、茶人大名の織田有楽斎(おだうらくさい)が茶花として愛好した銘木である。
樹高8.7メートル、幹回り1.85メートル、枝張り10.5メートルという巨木で、日本一の有楽椿といえよう。
11月末頃から4月上旬頃まで、優雅な花が咲く。
この銘木は町指定記念物です。←クリック


織田有楽斎と有楽流 織田有楽斎は、織田信長の末弟で名は「長益(ながます)」、信長死後は豊臣秀吉の同朋衆として従四位下侍従に任ぜられた。
秀吉没後は徳川家康に仕え、関ヶ原の合戦では東軍の一武将として活躍、軍功をたて、大和国(奈良県)柳本で三万石の大名に封ぜられた。
大坂冬の陣穏退して茶聖千利休の門に入り、有楽斎と称し茶道の奥義を究め、利休七哲の随一としてその秘伝を受け、後に「有楽流」を創始した。
京都市東山四条の建仁寺の塔頭で、当時廃寺だった正伝院を再建し、茶室如庵(じょあん)「国宝建造物」及び書院を築造した。
その簡素な茶庭にこの椿を植えて鑑賞した。


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−電車・バスの場合−
JR因美線・郡家駅(こおげえき)からタクシーで15分余り。
またはクローバーバス、私都線(きさいちせん)落岩(おちいわ)行きのバスで「下福地(しもふくち)」下車、進行方向をやや戻ると参道あり。

−車の場合−
国道29号線、JR東郡家駅前の「私都入口交差点」(姫路方面の標識あり)を入り県道を東へ約7km、左手(県道沿いに看板・標識あり)
境内に駐車場あり。(無料)