さらば出雲号


〜最後の乗車にて〜
←Fig.1 米子駅にて機関車交換のため切り離されたDD51 1187号機。この後1121号機が連結された。

写真 2005.11.06
出雲号に乗る

 30年以上にわたり山陰を走り続けてきた名門の寝台特急「出雲」が3月18日のダイヤ改正を最 後に姿を消すこととなった。これでまた一つ思い出の列車が消えていく。今回は姿を消す前に最後の 乗車をと思い立ち、「出雲」に乗ることにした。さて、どんな旅になることやら。

乗客は沢山!これが往年の姿か!?

 20時15分、鳥取駅の2番線に出ると既に何人かの人がカメラと荷物を持って佇んでいた。鳥取 駅に入線する「出雲」を撮影するためだ。待つこと数分、ベルの音が鳴り、「まもなく2番線に列車 が参ります。黄色い線までお下がりください」というアナウンスが響く。そして、暗闇の中から一条の光が流れ込み、 今まで馴染み深い赤い車体がゆっくりと入ってきた。


↑Fig.2 鳥取駅に入線した出雲。牽引機関車はDD51 1179号機。

写真 2006.02.24


この車体こそ、山陰で長らく活躍をしてきた傑 作機関車DD51であった。この機関車の後には、深いブルーの客車が連ねている。正にブルートレ インだ。鳥取駅での2分間の停車中に機関車を撮影する。撮影していると2分なんてあっという間に 終わってしまう。「ピィィィ〜!!」という車掌の笛が鳴り響く。慌てて先頭の8号車に乗り込む。 すぐに扉が閉まり、「出雲」はゆっくりと加速しつつ鳥取駅を出て行った。しばらく8号車の通路を 閉め切る扉からDD51を眺めていた。間近で見ると本当に迫力がある。ある瞬間DD51が「俺た ちはまだまだ働ける。廃止は時期尚早ではないか!」と訴えてるように感じた。力強くエンジンを唸 らせ勾配を上り、頂上を過ぎると滝山信号場を通過して人気のない山中を「出雲」は独り走っていく。


↑Fig.3 先頭8号車の通路窓から見たDD51。間近で見ると本当に迫力がある。
「俺たちはまだまだやれる!」そんな意気込みが聞こえた気がする。

写真 2006.02.24


 8号車を後にして5号車の食堂車に行ってみると数人の乗客が座っていた。各々「出雲」の思い出 に浸っているのであろうか。浜坂を過ぎた辺りから食堂車が人で賑やかになってきた。酒を飲みなが ら窓からの夜景を眺めている。程なく餘部鉄橋を渡る。窓から下を見下ろすと明かりがチラホラ見え る。この車輌でこの風景を見ることはもうできない。私も酒とつまみをやりながら景色を眺めていた。
 列車は香住、城崎温泉、豊岡と停車した後、福知山で停車する。福知山は最近高架化したばかりでホームは 綺麗であった。停車時間が短いのでゆっくり眺めていられなかったが・・・。福知山を出た後、寝台 に潜り込んだ。すると、私の寝台(上段)の下の乗客が食堂車で隣のテーブルに座っていた男女だった のでびっくりした。「あら、同じ寝台だったんですね」とお互い驚きと同時に挨拶を交わす。それか ら彼らとしばらく会話を楽しんだ。何でも香住から乗ってこられたご夫婦だそうで、「出雲」には憧 れてて今まで乗ってみたかったけど、今回廃止のニュースを聞いて乗ることにしたんです、とのこと。 私もそうだったが、沿線の人にとって「出雲」は憧れの列車だったのである。「これも一期一会です ね」とご主人。全くその通り。「出雲」が与えてくれた縁である。こういう出会いがあるのなら、開 放寝台も悪くないなあ、と思った瞬間であった。しばらく話した後、「おやすみなさい」を言い合っ てベッドで横になった。でも、まだ寝るわけにはいかない。京都での機関車交換を見なくては。

深夜の機関車交換



↑Fig.4 京都駅で牽引の任を解かれるDD51。作業を見守る末次車掌(左)と京都駅の駅員(右)。

写真 2006.02.24


 「出雲」が京都に近づく頃、私はゴソゴソと起き上がってカメラ片手に静かに梯子を降りた。やが て京都に到着。扉が開くと同時に外へ出て機関車のほうへ向かう。機関車の周囲には既に2、30人く らいの人がいた。皆元気だねえ。おっと、自分もその一人だった(笑)。機関車の連結器の近くには京 都駅員と車掌とが立っていた。ほどなく、DD51は牽引の任を解かれて去っていった。



↑↑Fig.5 京都駅で牽引の任を解かれたDD51。ゆっくりと列車から離れていく。

↑Fig.6 DD51去りし後、次の機関車を待つ出雲号。それにしてもマニアの多いこと(笑)。

写真 2006.02.24


しばらくし て東海道を走る「出雲」の先導役となる電気機関車EF65がやってきた。連結作業はスムースに行 われた。連結終了後しばらくして「出雲」はまたゆっくりと加速し始めた。京都を定時に発車した。 山陰線をひた走っていたときは、ゆっくりと走っている感があったが、京都からはとにかく速い。線 路の状態もあるのだろうが機関車の性能の差も大きいのだろう。EF65は軽々と「出雲」を引っ張 っている感じがした。


↑Fig.7 京都〜東京間をけ牽引するEF65 1112号機。EF65 1000番台車牽引のブルトレも出雲号が最後である。

写真 2006.02.24


早朝の首都

 「出雲」は京都を出た後、静岡まで客扱いをしない。尤も運転士交代のために、途中で停車はして いる。静岡を過ぎて熱海を過ぎた辺りから空は徐々に明るくなってきた。横浜が近くなってくると、 この日初めての車掌のアナウンスが入る。アナウンスの後、めいめいがゴソゴソと起きてくる。そし てベッドから出て窓の景色を見ると既に明るい。まだ6時台だというのに駅のホームには人の山。さ すがは首都圏。人口の多さが窺える。鳥取では見られない光景だ。ほどなく横浜に到着。地元?のフ ァンがパシャパシャと写真撮影をしていた。それにしても、皆元気だねえ(笑)。横浜を出ると20分 程度で東京だ。品川を過ぎると進行方向左手に山手線、右手に新幹線が並ぶ。本当にすごい光景だ。 遂に終点東京に到着した。駅に降りると「出雲」の最後尾に早々と回送のためのEF65が連結され ていた。ホント、「いつの間に?」って感じである。連結後しばらくして列車は東京駅を品川方面に 回送されていった。こんな光景が見られるのもあとわずか。「出雲」号には心からお疲れ様でした、 と言ってあげたい。



↑↑Fig.8 東京駅にて出雲号を回送する任に当たるEF65 1106号機。

写真 2006.02.24

↑Fig.9 香住駅で特急はまかぜを待つ下り出雲号。この交換シーンももう見ることが出来ない。

写真 2006.02.25





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