『 ご苦労様でございました。』
岡崎靖子 63歳
岡山の岡崎と言う者です。
「語る60歳以上」で「愚痴」を読ませて戴きました。
御両親様を介護されお見送りになったとの事。
本当にご苦労さまでございました。
文章にも書いてありましたが、介護をしたことのない者にはやはり通
じないところがあります。頭では、常識では、一般的には解っていて
も、なかなか実際は違うものです。それはそれは、口では言い表せな
い苦労がいっぱいあります。
私は満63歳、主人は満68歳、そして主人の母は今年満101歳に
なります。ご想像されてもどんな状態か、解らないと思います。
私は、嫁いだときから母と一緒の生活をしてきました。主人は二男で
すが母は長男との同居をいやがったのです。母は一人娘の養子とり人
間、その中に嫁いできた私をご想像下さい。ーーーーー色々の事があ
りましたがこの歳まで我々は健康な現在を保っています。
母は90歳には、まだ海外旅行をするほど元気でした。92歳頃より
痴呆が出てきました。痴呆の色々の課程も体験しました。今語っても
語りけれません。今は老人保健の施設でお世話になっています。昨日
も母の散髪をしてあげに老健へ行きました。散髪してあげている私の
3段腹をつかんでねじりどづくのです。
昨年、満100歳で、総理大臣から県知事さんから市長さんから長寿
証を戴きました。しかし喜んでいるのは周りの親族、本人は何も解っ
ていないようです。
私は若いときは思っていました。「こんなわがままで、孫も見てくれ
ない母は、年をとったら絶対見ないぞ」。ずっと思っていました。
しかし、私は年と共に考えは変わった来ました。過去は過去。過去の
愚痴は言わない。現在を生きる。
私にはすぎた、上出来の主人がいます。今のところ健康にも恵まれ
毎日幸せな生活、いや人並みの生活が出来ることに感謝しています。
この幸せを作ってくれてる主人は、母から生まれた人、どんなことが
有ろうとも母は大事にしないといけないと思っています。
とうとう息子の名前も解らなくなりました。あんなに可愛い可愛い
息子の名前を言ってくれていたの100歳になった昨年からもう解ら
なくなりました。嫁の私などとっくに忘れています。ウンチンの始末
も、ずたずたにオシッコでぬれた布団の洗濯も全部私がしていました
のにあわない話です。
今はこう思っています。
幸せで、健康で人様のために働ける自分、働かせていただける自分に
感謝しています。
ただただ母の姿を見ていますと、自分もあんなになって行くのかと先
を思うと情けないです。
こんな事を書いて申し訳有りません。
お互いに、今を大切に、プラス思考で頑張ろうではありませんか。
失礼いたしました。
「3月16日号」
この文は、愚痴、と関連しています。(発行者)
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