■「赤十字」、「又はアスクレピオスの杖」について


「赤十字以外の団体」投稿日 10月6日(火)23時16分 投稿者 桑衝去場

 「赤十字のこと」興味深く拝見致しました。
 ご存じかもしれませんが、赤新月以外にもユダヤ教国のイスラエルでは「赤ダビデの盾」(イスラエル国旗の星印を赤くしたモノ)やヒンズー教国等で用いられる「赤獅子」なんてのもあり、どれも宗教上の理由から「十字」を使いたくないケースですね。
 ちなみに、ユダヤ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒が混在するイスラエルの救急車は赤いヘルメスの杖のマークが書かれているのが一般的でした。ギリシャ神話は宗教色が強くないのが理由でしょうが、ヘビは旧約聖書の創世記で悪魔の化身として描かれているのに、医薬のシンボルとして問題なく扱われているあたり奇妙な気がいたします。
 映画版のフラナガン博士はユダヤ系と言う設定だし、逆シャアのクリスチーヌはヨガっぽい瞑想してましたから仏orヒンズー教なんでしょうね、

 旧世紀での人種と宗教による紛争はかなり根深いものがあるのですがUCに至る過程でどの様にして宗教問題を克服したのか興味深いところです。
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「桑衝去場 さんへ」投稿日 10月7日(水)03時23分 投稿者 与謝野折檻

>「赤ダビデの盾」(イスラエル国旗の星印を赤くしたモノ)や
>ヒンズー教国等で用いられる「赤獅子」なんてのもあり、
>救急車は赤いヘルメスの杖のマークが書かれているのが一般的でした。

これは初耳です。しかし、どこも「直」ですな。「ヒネリ」ってものがない。強いて挙げれば「赤ヘルメス」くらいかなァ。
それにしても目からウロコが落ちますね。ホント(^^)
というか、視野狭窄の「ガンダム」マニアの目から無理矢理ウロコを落とすのが、このHPの趣旨ですから、こういう情報は大歓迎です。
近いうちに「赤十字のこと」は改訂したいと思います。

ちなみに「ヘルメスの杖」は医薬・医療と関係が深いモチーフだったと記憶しています。どっから出たのかは神話関係に強い人に教えて欲しいところです。ヘビと医療ですが、「アスクレプオス」というお人、というか神様が医師の神さまですよね。ほんでもって「蛇使い座」じゃなかったでしたっけ? なんか折檻の「イヤ〜ン」ゾーンへ一直線なネタふりなんでこの辺にしときます(^^;)

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「赤十字のエンブレム」投稿日 10月7日(水)20時25分 投稿者 虎威借狐皮被狼

なんか,1年くらい前に
赤い菱形に統一する,とか赤い菱形もシンボルに加える,とかいった
NEWSを見たか,読んだかした覚えがあるのですが,その後はどう
なったんだろう。
そもそも,赤い菱形の由来がよく判らないのだが。

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「ヘルメスとアスクレピオスについて」投稿日 10月8日(木)02時35分 投稿者 人形男爵

 まずヘルメスから。
 「ヘルメス」Hermes(ローマ名「メルクリウスMercurius」)。メリクリウスの英語読みが「マーキュリーMercury」。オリンポス12柱神の1柱。
 ヘルメスは大神ゼウスとアトラスの娘でプレアデス姉妹の一員であるマイアとの間に生まれました。彼は非常に利口なうえ、その身のこなしは敏捷、そして手先もたいそう器用であったため、金融業、商業や賭博や旅行、さらには詐欺師や盗賊の神としても崇められました。そんな彼でしたから、明け方の空に見えていたかと思うとしばらく後には夕空に移動してしまうすばしっこい水星と結びつけられたのです。更に冥府へ死者を案内する役目もあるらしく燐光の幻炎(火の玉)はセント・エルモス・ファイアー(聖ヘルメスの火)と呼ばれました。彼の原始的形態はヘルマHermと呼ばれる石柱で、上部に人の首を彫り、中央に膨らんだ凸物があります。これは路傍や畑境や牧場に立てられ豊饒と多産を祈る道祖神でした。この道案内の目印、標識がヘルメスの神格へと発展したんだそうです。

 ギリシア神話ではアルカディアのキュレネー山の洞穴で生まれおちた彼は、その日のうちに揺り籠の中でじっとしているのに飽き飽きし、こっそりと揺り篭からはい出ていきました。そして近くをはっていた亀をつかまえると甲羅をはぎ、穴をあけて羊の腸からできた7本の弦を通して(弦の本数については、9人の芸術の女神たちミューズにちなんで9本の弦を張った、となっている文献もあります)、手でそれを弾き鳴らしました。竪琴の発明です。

 その後ヘルメスは ピエリア山に行き、異母兄の太陽神アポロンの50頭の牛の群れを見つけるや悪戯心を起こして盗み、2頭を殺して食べ、残りを隠しておき、何ごともなかったかのように揺り籠に戻りました。翌日怒ったアポロンは占いによって牛の消失がヘルメスの仕業だとわかると、キュレネー山の洞穴へやってきて、揺り籠の中のヘルメスに向かって盗んだ雌牛を返すよう要求しましたが、それに対してヘルメスは「赤ん坊の自分にそんなことができるわけない」ととぼけてみせました。そこでアポロン はヘルメスを腕に抱え込むと大神ゼウスの宮殿へ連れていき、このずるがしこい赤子が雌牛を盗んだ顛末を訴えました。ヘルメスも大神の前で嘘をつくことはできませんので、如才なく自分の仕業を認めました。大神も幼いヘルメスのずるがしこさを聞いて非常に面白がりましたので、ヘルメスはゼウスのお気に入りとなったのでした。以後、彼は大神ゼウスの意を神々や人間に伝える伝令神となったのです。

 さて前振りが長くなりましたが、本題はここからです。
 ヘルメスも自分の悪戯を認め、盗んだ牛をアポロンに返しましたが、アポロンはまだ腹の虫がおさまらず、ヘルメスに対して文句を言いつづけました。そこでヘルメスは前日に完成させた竪琴を持ってきて、アポロンの前で歌い始めました。初めて聴く竪琴の音の美しさにうっとりとしたアポロンは、その竪琴を譲ってくれたら今回のことは許そうと持ちかけました。ヘルメスもその交換条件を了承し、その見返りとして先の牛50頭に加え、アポロンから一振りの杖をもらいました。これが伝令杖「ケーリューケイオンKerykeion」で、ヘルメスの杖と呼ばれるものです。ラテン語では「カドゥケウス(カードゥーケウス)」と呼ばれ、こちらの呼称の方がより一般的です。この杖は向き合う二匹の蛇がからみあい、やがて螺旋を描いて向き合う蛇頭は、杖の先端に付けられた ∝ 形の装飾となっています。今も金融界や郵政界に残るシンボルとなっており、彼の名が付けられた水星の惑星記号もこの杖の意匠から取られています。からみあう蛇の意匠は注連縄を始め世界中に多く見られ、蛇の脱皮が死と再生を連想させることから豊饒に関係するものと見られています。死者の案内人でもある彼のこの杖には生気を抜き取る力もあり、百目巨人アルゴスはこの杖と笛シュリンクスの音色に惑わされ、睡魔におそわれて、その目の全てを閉じた所を殺されたという逸話が残されています。

 次がアスクレプオス。
 「アスクレプオス(アスクレピオス)」Asklepios(ローマ名アエスクラーピオス) 。
 アスクレピオスは太陽神アポロンとテッサリア王女で湖の妖精コロニスとの間の子。しかしコロニスが人間と密会をしていた事に怒ったアポロンは、アルテミスに彼女を殺させました。湖の妖精である彼女を火葬にしている際、お腹の中から生まれたのがアスクレピオス。その後半人半馬ケンタウロス族の賢人ケイロンに預けられたアスクレピオスは、ケイロンから医術を教わると死から人間を救う術を覚え、死者をも蘇らせた。冥王ハデスがこれに激昂し、弟ゼウスに烈しく抗議。理法に背くという主張を採り、ゼウスは雷器ケラウノスを放ち、孫アスクレピオスを殺し、星座としました。これが蛇つかい座です。最近流行の13星座占いで従来の12星座にこの蛇つかい座が加わったものです。さて、息子が殺されて星座にされたことを不服とした父神アポロンは、ゼウスに刃向かえないのでケラウノス製造者キュクロペス(あるいはその子供達)を虐殺し、一年間罰を受ける事になりましたが、アスクレピオスは正しく神と扱われることになったそうです。

 アルゴス州エピダウロスのアスクレピオス大神殿は特に医学と治療の神殿として広く知られ、アポロン社地と同様に蛇を神聖視していました。古代ギリシアでは蛇は健康のシンボルと考えられていたらしく、アスクレピオスの像には必ず蛇がついています。また、ローマで疫病が流行した時には、彼が蛇の姿で現れて市民を救ったと言う伝説もあります。
 そして医学と治療の神であるアスクレピオスが持っていた1匹の蛇がからみついている杖も「カドゥケウス」と呼ばれています。どういう経緯で彼がこの杖を所有しているのかは私は存じませんが、おそらくアポロンが息子にこの杖を送ったのだと思われます。そしてアスクレピオスのこの杖の意匠が医療関係のシンボル、アメリカ軍医療関係の紋章となっているのです。

 ガンダムWの外伝としてボンボンに連載されたGユニットには「ガンダムアスクレプオス」が登場しますが、語源はもちろんこの医学の神。

 「ヘルメスの杖」として折檻さんは使用されていますが、厳密に言うならば商業のシンボルとして使用される方が「ヘルメスの杖」であり、医療関係のシンボルとして使用される方を「アスクレピオスの杖」とするほうがギリシア神話的には合致します。ヘルメスの杖が生気を抜き取る力も有しているだけに、医療関係のシンボルとしてはつらいでしょう。おそらくアスクレピオスの杖という呼称はないでしょうから、「カドゥケウス」もしくは「カドゥケウスの杖」とする方が正しいと思われますが、あの意匠は「ヘルメスの杖」というふうに定義づけされているものなのでしょうか?

 ちなみにアスクレピオスは蛇つかい座のみならず、第4581小惑星Asclepiusの名も彼にちなむ。 彼は妻(とも娘ともいわれる)エーピオネとの間に2男3女をもうけますが、彼の子供たちも医学に密接に関係します。

マカーオーン Machaon
 トロイア戦争に軍医として従軍。激しい戦争だったので、活躍したと思われる。戦争終結に向けた一騎打ちが台無しになった場面で、負傷したメネラオスの治療にあたったり、アキレウス出陣前に負傷したりしている。小イリアスで蛇の毒に9年間も烈しく苦しんだマグネシア人ピロクテテスを治療。女軍アマゾンの女王ペンテシレイアによって倒れている。第3063小惑星Makhaonの名は彼にちなむ。

ポダレイリオス Podaleirios
 兄弟マカオンと共にトロイア戦争に従軍した外科医。
 第4086小惑星Podaliriusの名は彼にちなむ。

ヒュギエイア Hygieia
「健康、衛生」の意。ヒュギエイアがハイジーアhygeiaとなり、これが『アルプスの少女』の名となった。Hygieneは「健康法・衛生学(英・独語)」の意。第10小惑星Hygieaの名は彼女に、第2521小惑星Heidiの名はアルプスの少女にちなむ。ヘスペリデスに同名女神あり。

イアーソー Iaso
「医療」の意。 可愛そうに星に名がつけられていないらしい。

パナケイア Panakeia
「全てを癒す」の意。第2878小惑星Panaceaの名は彼女にちなむ。


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「赤十字と塗装の感想」投稿日 10月8日(木)17時58分 投稿者 人形男爵

 折檻さんは「赤十字のこと」で<地球連邦の下では「赤十字」と「赤新月」が統合されていると見るべきだろう>と述べていらっしゃいますが、この点については男爵も賛成です。しかし<その旗印は「赤十字/新月旗」であるべきであろう>という点に関しては疑問で、早計だと思います。もし「赤十字」と「赤新月」が統合されているのならば、統合された際に新しいシンボルマークというものを考えるのではないでしょうか? 世界中に宗教はキリスト教とイスラム教だけではないですし、ユダヤ教徒やヒンドゥー教徒らにも考慮し、彼らにも問題なく使用できるような新しいシンボルマークを考える方がより「理」だと思います。もちろん、これがどんなマークになるのかはわかりませんし、「ヘルメスの杖」になる可能性もありますが、このような教養が問われ、書きづらいマークより注射器や聴診器などの医療機器を単純にデフォルメしたものになる可能性も捨てられません。そちらの方がより普遍的でしょう。連邦軍関係の医療機関なら「星錨」マークを赤く塗りつぶしたマークが使用されていた可能性もあると思います。星は十字に、錨は新月に見立てられますし。「ひねり」はないでしょう けど、世の中単純が勝つ場合が多々あります。折檻さんも指摘されているとおり、「赤十字/新月旗」なり新シンボルマークが画面なりイラストなりに出れば、見ているものは面食らうでしょうし、反発もあるでしょう。確かに「サジ加減が微妙」です。

 「ハードにする」という理由で現在や過去に範を求めるのは当然なんですが、それをそのままUC世界へ移行させる際には、かなりの注意が必要でしょう。UC世界は現在でも過去でもない未来世界なのですから、現在におけるリアルと未来におけるリアルとは差違があるはずです。まったく歴史的一貫性がなく、突拍子のないものが出現する可能性も「歴史」である以上、ありです。自分も歴史が好きですから歴史から範を求めることに喜びを見出しますが、それが度を過ぎると困ったことになります。例えばザク系を研究する際、メッサー研究が必要なのは確かです。ですが「メッサー系ではそんなことないから、ザク系でもない(はずだ)」とか「メッサー系でそんなことはないから、その説明はリアルではない」という偏狭な考え方をするようになってしまうと、ちよっと困ってしまいます。何事も「サジ加減」が肝心で、なかなか難しいものです。

 男爵は良く分からないんですが、TVシリーズやOVAとかに赤十字マークが登場していましたか? もし登場しているとしたら、よりリアルだからと「赤十字/新月旗」なり新シンボルマークを登場させるのはまずいでしょう。整合性が取れなくなります。まさか現在のように地域によって分かれているという可能性は低いと思われます。かなり雑居・混血が進んでいると思われる世界ですから。赤十字マークが登場していたのなら、これは確かに製作スタッフの不見識が原因なのですが(とはいえ赤十字は一般的コンセンサスが得られている「記号」なので、わかりやすくするためにはしょうがないとも思います。よりマニア向けの銀英伝と対比しては可哀相でしょう)、それを優先せざるを得ません。より赤十字マークの方が世界中に普及していたため、これが統一マークになったと考える他ないでしょう。

 無論、現在でも赤十字、赤新月マーク以外にも、医療機関の違いによって(軍関係とか)独自のマークを使用している例があるわけなので、UC世界にも赤十字以外のマークが存在している可能性は高いと思われますが、一般的ではないのではと推測します。

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「男爵へ 」投稿日 10月8日(木)23時00分 投稿者 与謝野折檻

 なるほど、「赤星錨章」ってのはありそうですね。連邦は「地球圏を統治する唯一正当なる政府」を自負しているでしょうし、それこそ「イイ線」かも。
 「赤十字/赤新月旗」に関しては、不勉強な折檻が他のバリエーションに無知だったことが原因で、他の旗を無視したわけではないので誤解なきように。(^-^;)
 作品中の赤十字ですが、0080でアルの目の前で瓦礫の下?から子供が助け出されて、ギャラリーが「まだ子供だよ〜」とか言ってる後ろなどに写ってます。

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「塗装の件考察してみました。」投稿日 10月14日(水)00時30分 投稿者 桑衝去場

男爵さんへ
アスクレピオスの杖は「カドゥケウス」でヘルメスの杖とは別物でしたか
ギリシャ神話系のHPより詳しい解説、とても勉強になりました。
ヘルメスとアスクレビオスの杖の因果関係がどうにも理解出来なかったのですが単に知名度の差による誤認識というやつでした(笑)
ところであの「へびつかい座」と言う邦語訳は悲しいですよね、
ヘビ使いと聞くとどうしても「レッドスネーク、カモーン」とか連想してしまう(笑)

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「ヘルメスについて云々 」投稿日 10月16日(金)00時22分 投稿者 人形男爵

桑衝去場さんへ

>ギリシャ神話系のHPより詳しい解説、とても勉強になりました。

 いえいえ、どう致しまして。自分も塗料の件で勉強させてもらっています。

 ヘルメスの杖についてですが、資料によってはヘルメスを医学の神としている資料もあって、かなりヘルメスとアスクレピオスが混合されています。ギリシア神話は異説が多いので、ヘルメスとアスクレピオスを一神同体とした説があったのかもしれません。もしくはヘルメスの杖に蛇が意匠されていたことから、その蛇を蛇神アスクレピオスと結びつけた可能性もあります。

 またヘルメス自身、医学とまったく関係ないわけではないです。ヘルメスは後にエジプト神話のトートと同一視され、トート・ヘルメス・メルクリウス・トリスメギストスと呼ばれました。そしてトート・ヘルメス自身が残したとされるヘルメス文書がエジプト最大の都市アレキサンドリアで研究されましたが、その内容は魔術・錬金術・哲学・医学・幾何学・占星術と多岐に及び、その研究はヘルメス学と呼ばれました。これが中世ヨーロッパに伝わり、トート・ヘルメスは魔術・錬金術の守護神であると思われたようです。錬金術が近代医学、薬学、科学の祖となったのは周知のとおりです。ヨーロッパにおけるヘルメス学の大家といえば近代魔術の父としてオカルト業界では知らぬ人がいないドイツのハインリッヒ・コルネリウス・アグリッパ・フォン・ネッテスハイム(1486〜1535)です。アグリッパは軍人で科学者で哲学者でありましたが、何人もの王族の侍医を務めた医者でもありました。ヘルメスの杖が医療機間のシンボルとなったのはいつ頃なのかわかりませんが、彼の弟子筋の医者たちがヘルメスの杖の意匠を使用し始めた可能性もあります。ここら辺、少し調べてみたいと思いま す。

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「医療機関の象徴としての「ヘルメスの杖」について(完結編)」 投稿日 10月20日(火)01時03分 投稿者 人形男爵

 はっきり言ってガンダムとはまったく関係がありませんので、興味のない方は読み飛ばしてください。男爵は真性人文系人間なので、この手の分野はまさに水を得た魚なわけで、お許しください。また、本文を「です・ます調」にすると字数が増えるので、「だ・である調」に統一しました。ご了承ください。

 太陽神アポロンの息子、医学神アスクレピオスが持つ杖にからみつく蛇の数は古代ギリシアの彫像、レリーフを見ればあきらかに1匹である。例えばアテネ国立考古学博物館所蔵のBC330年頃の奉納浮彫(アテネ・アスクレピオス神殿出土)などがあげられる。その1匹の蛇がからみつく杖を持つアスクレピオスはそのまま古代ローマにも引き継がれている。ローマ市におけるアスクレピオス信仰の拠点はローマを貫くテヴェレ川ただ1つの中州であるティベリーナ島のアエスクラピウス(アスクレピオスが誤ってそのように伝えれた)神殿だった。この島は古代ローマ時代、石垣で覆われて船のような形をしていた。これはアスプレピオスがギリシアの故郷エピダウロスから海路でローマに訪れた故事を思い出させるためである。島の中央にはオベリスクが立てられ、それをマストに見たてるという凝りようだった。この石垣の部分には今もアエスクラピウス(アスクレピオス)胸像のレリーフが残り、その横には1匹の蛇がからみついた杖が彫られている。後にこの神殿跡には聖バルトロメーオ教会が建立され、そして16C半ばにはファーテベネフラテッリ病院が建てられたが、これらの教会、病院 は今も現役である。

 ローマはギリシアの彫像をよく複製した事で知られているが、アスクレピオス像も複製され、それがイタリアの博物館、美術館に今も残っている。もちろんこの像が持つ杖にからみつく蛇の数は1匹である。代表的な例ではフィレンツェ市ウフィツィ美術館所蔵のAD150年前後のアスクレピオス立像(オリジナルはBC400年頃)があげられる。

 以上のように、古代ローマの時代まで、この「アスクレピオスの杖」は杖に1匹の蛇がからみついた意匠であり、それだけで単独に描かれることはなかったようである。だが神殿の入り口や本尊としてのアスクレピオス像が必ず持つ物として認識されていたことは確かだ。蛇に関する神話・伝説・伝承は世界中に存在し、その形も多種多彩であるが、蛇の脱皮を死と再生を司るとして蛇を医術・呪術の象徴と見なす場合がある。医神アスクレピオスがまさにそれである。

 古代ギリシア、ローマのアスクレピオス神殿では祭祀とともに医療行為も行われており、病院の役割も果たしていた。神殿を司っていたのはアスクレピオスを祖神とし「アスクレピアダイ(アスクレピオスの息子の意)」と称した一族で、彼らこそ医者の一族である。このアスクレピアダイ一族は医聖ヘポクラテスを輩出し、古代医学の発展に重要な足跡を残している。その後、アスクレピオス信仰の衰退(これは313年コンスタンティヌス帝によるミラノ勅令でキリスト教が公認され、392年キリスト教がローマ帝国の国教となったことと無関係ではないだろう)に伴ってアスクレピオス神殿は廃され、アスクレピオス像が作成されることも少なくなるものの、「アスクレピオスの杖」が単体で医学を表す象徴として医師たちの間で好まれ、医師の看板として用いられるようになっていった。

 さて、一般に「ヘルメスの杖」と呼ばれているものは杖に2匹の蛇がからみついている姿で表され、棒の先端部には1対の翼が付けられているものが多い(先端部が三日月、翼のついた兜であるものもあるらしい)。この蛇はギリシア神話においてヘルメス神が2匹の蛇の喧嘩を仲裁した事に由来するので、蛇は2匹でなくてはならない。ヘルメスは先に述べたとおり金融業、商業、賭博、旅行、詐欺師、盗賊等の守護神である。当然のことながら「ヘルメスの杖」はそれらの象徴であり、医学の象徴としての1匹の蛇がからみついた杖の姿の「アスクレピオスの杖」とは本質的にまったくの別物であり、混同は避けるべきである。これはなにも自分だけの主張ではなく、ディーター・ジェッター氏が自著『西洋医学史ハンドブック』の中で「(アスクレピオスの杖は)マーキュリーの持つ杖と良く似ているが、両者を混同してはならない。今日でも米国陸軍軍医部は誤ってマーキュリーの杖の方をシンボルとして用いている」とはっきりと述べているのだ。ギリシア神話を鑑みればその主張は当然であろう。

 ジェッター氏は米国陸軍軍医部が「ヘルメスの杖」の方を象徴としているのを誤りとはっきりと指摘している。それではなぜ、このような間違いがおこってしまったのだろうか?
 ヘルメス神が後にエジプト神話のトート神と同一視されて、トート・ヘルメス・メルクリウス・トリスメギストス(トリスメギストスとは3倍の力の意。エジプトのトート神、ギリシアのヘルメス神、ローマのメルクリウス神の3つの力を持つとされた)と呼ばれたことは先に述べた。このトート神は治癒神としての側面も持っているのである。ヘルメスがトートと一体化されるに伴い、ヘルメスにも医神としての神性が付与されたと考えるのは不自然ではない。そして杖、蛇、治癒神という3つの共通項によってヘルメスとアスクレピオスは結び付けられてしまう可能性が非常に高かったといえる。

 またヘルメスがヘルマと呼ばれる石柱の後裔であることは先に述べた。この石柱は豊穣と多産とを祈る呪いの意味を持ち、世界的に見て男根崇拝と密接な関係を持っている。日本においても縄文時代より石棒と呼ばれるヘルマに似た男根状の石造物が作られている。それに対する崇拝は日本では次第に忘れられていくが(それでも近世までは存在していたらしく、現在においても神社等で祭られていたりする)、石棒はヘルマのように畑の境界代わりや道祖神としても使用された。そしてこのような石柱は蛇とも関係が深いのである。男根崇拝をリンガ信仰と呼ぶ場合があるが、リンガとはヒンドゥー教のシヴァ神の象徴として祭られる男根状の石柱である(3×3EYESのシヴァが封印されていた石柱がまさにこれである)。そしてシヴァの化身は蛇であり、日本の石棒も蛇崇拝との関係が指摘されている。大地から起立する石柱と冬眠中の土の中から這い出してくる蛇とが結びつけられた結果だろうと言われている。

 ヘルメスとアスクレピオスとはその性質においても由来においても非常に親和性があり、混合されるのも無理がないともいえる。ましてや先に述べたとおりトート・ヘルメスを守護神とした中世からルネサンス期の錬金術師・魔術師たちが医者をも兼ねていたことから、なおさら混乱が深まったと考えられよう。魔術書であるヘルメス文書の中にはそのままずばり「アスクレピオス」という文書も存在している。結果的に現在では「ヘルメスの杖」にも医学の象徴としての意味合いを持つに至ったが、以上の経緯によって厳密に考えるのならばそれは誤りなのである。

 長い時間を経て「ヘルメスの杖」は種々の意味合いを持つに独特のシンボルマークへ至った。それを最後に解説しておこう。
 「ヘルメスの杖」を構成する杖、蛇、翼、兜にはそれぞれ意味がある。杖=力、蛇=知恵、翼=勤勉、兜=高尚な思想である。4大元素では杖=地、翼=気(風)、蛇=火と水とされた。また杖は男根を表し、2匹の蛇は交尾を表すともされた。その意味合いとしては、1美の女神を招来するために豊穣を表す(ヘルメスは美の女神アフロディーテとの間に両性具有の美青年(少女)ヘルマプロディートスをもうけている)、2伝令官として平和と休戦を表す(この意味合いで有名な新聞社であるタイムズ社が自社の紋章に「ヘルメスの杖」を採用している)、3商売、勤勉、雄弁を表す(この意味合いで金融界で「ヘルメスの杖」が使用される)、4ヘブライでは水星マーキュリーと対応関係にある教化の天使ラファエル(ラファエロ)を表す(ラファエルは4大天使の一人で主な仕事は「人々への癒し」である。ただし一説にはミカエル、ガブリエルを表すともいう)、5アスクレピオスの持ち物として治癒力をあらわす、である。
 シンボルとしては左右対象なことから均衡、道徳的平衡、善行、4大元素の統合を表す。そして攻撃を表す三又の矛(トライデント)と対立し、建設的なものを表す。タロットではクラブの細札に相当。イコンにおいては、女の手に握られているときは幸福、平和、一致、安全、幸運を表す。

 学術論文とするならば、目立つ推定形の表現の根拠をもっとつきとめねばならないのですが、大筋においては大過はないと思います。たかがシンボルマークと言えども、それには由来があり、歴史を持つのです。それを調べずにただ他で使われているからと使用してしまうと、某国陸軍軍医部のように後からそれを指摘されて恥をかきます。もしUC世界における医療機間のシンボルマークに「ヘルメスの杖」を使用するのであれは、蛇が1匹の「アスクレピオスの杖」の方にすることをお薦めします。

 本稿を書くにあたり、以下の文献を参照しました。
高津春繁『ギリシア・ローマ神話事典』(岩波書店 1960)
呉 茂一『ギリシア神話』(新潮社 1969)
斎藤文子「縄文時代における蛇の信仰(1)」『考古学ジャーナル』bX2(ニューサイエンス社 1974)
斎藤文子「縄文時代における蛇の信仰(2)」『考古学ジャーナル』bX3(ニューサイエンス社 1974)
森 護『紋章学辞典』(大修館書店 1980)
能登 健「信仰儀礼にかかわる遺物(T)」『神道考古学講座』第1巻(雄山閣 1981)
アト・ド・フリース『イメージ・シンボル事典』(大修館書店 1984)
ジャン・ニポール・クレベール『動物シンボル事典』(大修館書店 1989)
山北 篤と怪兵隊『魔術師の饗宴』(新紀元社 1989)
佐治芳彦『謎の列島神話』(徳間書店 1990)
D・P・ウォーカー『ルネサンスの魔術思想』(平凡社 1993)
真野隆也『堕天使』(新紀元社 1995)
ディーター・ジェッター『西洋医学史ハンドブック』(朝倉書店 1996)
『ギリシア・ローマ神話文化事典』(原書房 1997)
カール・ケレーニイ『医神アスクレピオス』(白水社 1997)

 長文にて失礼いたしましたm(__)m

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「どうしたんだ今日は?」投稿日 10月20日(火)22時11分 投稿者 与謝野折檻

 ここ最近、古い人は古い人なりに飛ばしに飛ばしてらっしゃるし、新しい人、懐かしい(笑)人、にぎやかになってきていい感じです(^-^)

 人形男爵のは「これでもか」の極め付けリポートですね。感動しました。皆様コレです、コレが人文系です。折檻が目指しているものを、こうもまざまざと完璧なかたちで見せられるってのは結構ショックですが、この高みを目指して日夜精進ししますのでこれからも見捨てないでくださいね(^_^;)

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「ちょっとそれは誉めすぎです(^_^;) 」投稿日 10月22日(木)01時32分 投稿者 人形男爵

> 人形男爵のは「これでもか」の極め付けリポートですね。感動しました。皆
>様コレです、コレが人文系です。折檻が目指しているものを、こうもまざまざ
>と完璧なかたちで見せられるってのは結構ショックですが、この高みを目指し
>て日夜精進ししますのでこれからも見捨てないでくださいね(^_^;)

 そう言っていただけると頑張ったカイがあるというものです。見捨てるなんてとんでもない、こちらこそ今後ともよろしくお願いします。

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「>赤十字のエンブレム 」投稿日 10月22日(木)23時27分 投稿者 天津甕星

 10月7日に虎威借狐皮被狼さんが「赤十字のエンブレム」と題して赤十字マークが赤い菱形に統一されるか、新たに赤い菱形が加わるかもしれないという情報提供をしてくださいましたが、この件に関するページを見つけましたのでご報告します。先のチェチェン紛争において、赤十字マークがはられた病院内で就寝中の外国人医療スタッフ6人が射殺された事件が見直しの契機だそうです。
 アドレスは下記です。

http://www.opendoors.eccosys.com/span/briefing/390.htm


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