神の名を持つMS〜AMX−004キュベレイ〜

投稿者 人形男爵


 AMX−004「キュベレイ」はZガンダム登場のMSの中でも人気があるMSの1つである。バンダイのプラモデル「マスター・グレード」シリーズのリクエストにもこの機体の名が挙がっていることからもそれがうかがえる。永野護デザインによる白亜の優美なフォルムとパイロットであるハマーン・カーンのアクの強さの賜物である。Z及びZZではキャラクターたちのMSの乗り換えが頻繁に行われた結果、キャラクターとMSとの相関関係(グフ=ランバ・ラル、ドム=黒い三連星、アッガイ=赤鼻(^_^;)のような、MSを一見して容易にパイロットが連想できるような関係)が旧作に比べて著しく薄くなっているが、ハマーン・カーンの場合は珍しく最初から最期までキュベレイ一筋だっただけに両者の関係は非常に密接であり、互いに互いを容易に連想できる。ここら辺の明快さも人気の秘密であろう。

 さてキュベレイの語源はギリシア神話に登場する女神「キュベレー」である。MSキュベレイのつづりは「QUBELEY(QUBELLY、QUBLEYとの説もあり)」で、女神キュベレーのつづりは「KYBELE」であるところが少し苦しいのだが、あえて断定するのは、この女神が非常にMSキュベレイと一体感を持つハマーン・カーンと共通点をいくつか持つからに他ならない。これをこれから述べていこう。

 そもそも女神キュベレーはギリシアの神ではなく、小アジア北部プリュギア(ダーダネルス海峡とボスポラス海峡に挟まれたマルマラ海の小アジア側沿岸地域)のペッシヌースを中心地としてアナトリア全体に渡って崇拝された大女神である。リューディア語形ではキュベーベ。ラテン語ではキベレ「CYBELE」。本来は豊穣多産の女神であったが、最高神として予言、治癒、戦争における保護、山野の野獣の保護等、あらゆる面で力を発揮すると考えられていたようである。その後、BC5世紀後半にギリシアに伝わり、ギリシア的パンテオン(神界)では「神々の母」レイアー(ウラヌスの娘でクロノスの妻。ゼウスの母)と同一視された。エキゾチック(外国異国的)な臭いが強い神としてギリシア人たちから特別な関心と警戒の目で見られていたものの、BC4世紀末頃からキュベレーを信仰する特異で秘儀的な宗教がギリシア世界に流行りだし、ことに庶民階級に激しく普及した。その勢いはローマにも及び、BC204年、ローマ元老院は神託によってこの女神をローマに迎えることを決議し、ペッシヌースよりキュベレーの象徴である黒い聖石を大仰な儀式とともに運んできて、パラティー ヌス丘上にキュベレーの社を建立した。ローマでは勝利の女神としても崇められ、ポエニ戦争の勝利は彼女のおかげだと考えられたらしい。彼女は普通頭に塔のついた冠をかぶり、時に多くの乳房を持ち、2頭の獅子を従え、または獅子の引く戦車に乗った姿で表わされる。

 ギリシア神話におけるキュベレーの逸話として有名なのは彼女の愛人とされるアッティスとの物語である。

 大神ゼウスが熟睡中に射精し、それが大地(アグドスの山の女神)に落ちて生まれたのがアグディスティス、後のキュベレーである。生まれたときから両性具有であったが、神々が寄ってたかって男根を切り取り、女性とした。その男根を埋めたところから1本のアマンドの樹が生え、やがて花が咲き実をつけた。その実を近くを流れるサンガリオス河の河神の娘ナナが摘んで懐に入れたところ、その実は消えて彼女は妊娠してしまう。そして生まれたのがアッティスである。彼女はアッティスを山に捨てるが牝山羊が彼を育て、彼は典雅な美少年へと成長する。皮肉にも彼をアグディスティスが見つけて、彼を深く愛するようになった。彼も女神の寵愛に応え、その愛を裏切らないと誓った。しかしアッティスが成人するとその美しさに言い寄るものも多く、いつしかアッティスはその誓いを裏切ってニンフのサガリーティスを愛するようになった。嫉妬に狂ったアグディスティスはサガリーティスを殺す。アッティスはそれを見て狂い、刃物や石で自身を傷つけたうえ、自分の男根をもぎ取って死んだ。異説ではアッティスがとある国の国王の娘と結婚することになったが、その婚礼の際に突如としてアグ ディスティスが現れたことから、アッティスと国王は狂乱して自身の男根を切り落として死んだという。

 このことからアグディスティス、すなわちキュベレーの祭司は自らの男根を落として去勢するとされた。そして祭司や信徒たちは掛け声や叫び声をあげながら群れをなして狂い歩き、手に持つ器具や刃物で身体を傷つけて血を流して狂いまわるという狂信的な祭儀を行っていたと伝えられている。そのためかどうか、後にローマではキュベレー信仰が禁止された。
 今までの神話の中からキュベレーの特徴を列記してみる。

 1.ギリシア世界以外のところからやって来た神である。
 2.外来神でありながら、信仰が広く普及するが後に禁止される。
 3.2頭の獅子を従える。
 4.本来、両性具有である。
 5.年下の美青年に裏切られ、失恋する。
 6.血みどろの狂信的な信仰形態を持つ。

 以上があげられよう。

 これはそのままハマーン・カーンとの共通点なのである。
 まず1だが、「ギリシア世界」を「地球圏」と置き換えてくれるとわかりやすいだろう。キュベレーがギリシア世界以外のところから来たように、ハマーン・カーンは地球圏以外の小惑星帯(アステロイド・ベルト)から地球圏へやってきたのである。またローマにはキュベレーを象徴する黒い聖石と共にキュベレー信仰が伝わるが、その聖石は隕石と考えられている。この故事はアクシズという小惑星基地と共に地球圏にやって来たハマーンを思い出させるではないか。そしてローマ元老院の決議でローマに迎え入れられるあたり、地球連邦議会によってサイド3を譲渡されたハマーンとうまく符合している。

 2だが、キュベレー信仰は外来神でありながらギリシア、そしてローマ世界に広く普及していったのだが、これは小惑星帯出自のネオ・ジオン軍の勢力が地球圏に広く拡大したことと良く似ていよう。結果的にキュベレー信仰はローマ帝国において禁止され、信仰自体が消滅してしまうが、これはそのままネオ・ジオン軍の運命に当てはまる。

 3だが、獅子ではないものの、MSキュベレイの両脇には新鋭隊員であるギーレン兄弟が乗るMSガズエル、ガズアルがひかえる。ガズエル、ガズアルに獅子の紋章でも施されていたらギリシア神話的に見て合致し、「いい仕事」である。この機体のリファインに挑戦される方は、是非とも獅子の紋章を入れてほしい。

 4だが、もちろんハマーンは女性であり両性具有体ではない。しかしジオン復興の大義を掲げ、最前線でMSに乗って戦う彼女は非常に男性的な一面を持ち、普段の物言いもまったく男性のそれだ。精神的に非常に両性具有的であるといえよう。またキュベレーは勝利の女神と考えられていたが、アクシズの兵士たちにとってもハマーンは勝利の女神と考えられていた可能性は高い。

 5だが、アッティスの属性は2人の男性に振り分けられている。すなわちシャア・アズナブルとグレミー・トトだ。ララァ・スンに負け、シャアの心を捕らえられずに失恋したハマーンの姿は、サガリーティスに負け、アッティスの心を捕らえられずに失恋したキュベレーに重なる。そして年下の美青年に裏切られたことは、そのままグレミーの反乱と対応しよう。

 6だが、マシュマー・セロを始め熱狂的な青年将校を先鋒にハマーンはアクシズ内の主導権を確保したと考えられる。自らを傷つけるような内部対立を繰り広げながら、血みどろの殺戮や粛正が相次いだはずである。そして青年将校たちにとってハマーンに対する心酔は信仰にも似ていたのではないだろうか。また、Z以降のシャアが去勢された宦官のように情けない男になってしまったのは、アクシズ時代、ハマーンの補佐役(=祭司)であったことから、当然とも言えるのだ。

 以上のようにハマーンとキュベレーには共通点が多く、キュベレーの神話はハマーンの運命を暗示している。まさに「キュベレイ」とはハマーンが駆るMSとして、これ以上ないほど相応しい名前である。全世界的に「言霊」という概念がある。言葉というもの、特に名前というもにはある特別な力が強く働き、それによってそのものの運命が左右されるという概念だ。「名は体を顕す」という言葉がその概念を端的に表現している。女神キュベレーを語源にしたMSキュベレイには必然的にその言霊によって女神の属性が付与されており、MSキュベレイに乗った瞬間から、ハマーン・カーンの運命というものは半ば決していたのである。まさに名は体を顕しているといえよう。

 無論、これらの考察はすべて深読みや曲解やこじつけの極致であることは認識している。いってみればノストラダムスの詩をすべて現実の事件に対応させているようなものだからだ。そのため本稿は論文にはなり得ず、あくまでも戯言にすぎない。しかしながらこれだけ深読みできる、それでいて真に相応しい名前をAMX−004につけたという事実は、それを認識していたかいないかに関わらず、その命名者が非常に「いい仕事」をしたことを教えてくれる。

 さてもう1つの説を述べて本稿を終えることにしよう。
 アステロイド・ベルトと呼ばれる小惑星帯は火星と木星の間に存在し、太陽からおおよそ2〜4天文単位(1天文単位は地球から太陽までの平均距離のこと)の距離にある。小惑星帯はいくつかの小グループにわけられており、それはハンガリア族、フローラ族、フォサイエ族、コロニス族、エオス族、テミス族、キュベレー族、ヒルダ族の8つだ。これらのグループ名はそのグルーブに属す主要な小惑星の名前にちなんでいる。このキュベレー族の語源こそまさに女神キュベレーだ。これは推定ではなく事実。ギリシア神話の主要な登場人物はすべて星の名前になっているが、キュベレーもまたその例に倣って第65番惑星の名前になっている。それはラテン語でキベレとも呼ばれ、キベレが所属しているグループをキュベレー族と呼ぶのだ。

 ハマーンらが居住していたアクシズが、もともと小惑星帯にあったことは周知の事実であるが、広大な小惑星帯のどこら辺にあったのかを言及している資料はない。アクシズが存在していた宙域はキュベレー族宙域ではないかと自分は指摘したい。そう考えるのならば、パラス・アテネなどと比べてマイナーな女神であるキュベレーがMSの愛称として採用された理由が納得できる。アクシズのMS開発陣がハマーン専用MSに対して、自分たちが住む宙域の名前を与えたとしてもなんの不思議もないからだ。ましてやそれが勝利の女神とも呼ばれた女神の名にちなんでいるのならば尚更である。惑星ジュノーにあるコーラス王朝の旗機にジュノーンと名づけるのと同じことだ。これがキュベレイ=キュベレー説を唱えるもう1つの根拠である。UC世界的には、こちらの方がビンゴかもしれない。


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