〜一年戦争最末期におけるジオン公国軍MSの赤系塗装について〜


 一年戦争末期に生産配備されたMS−14系列のなかでも、最末期に製造されたMS−14Jgには、それまでのジオン軍には見られなかった赤系の塗装が施されている。もっとも、これ以前に赤く塗装されたMSが存在しなかったわけではなく、一部のエースパイロットの乗機として「赤いMS」は良く知られた存在であった。しかし、量産機に関しては、開戦時から一貫してグリーンを基調とした基本塗装が施されており、「赤」は飽くまで「特別な塗装」の範疇にあった。そのためであろうか、MS−14Jgの赤系塗装を考える時、これまでの論法は総じて「この特別な塗装」としての側面からの考察となりがちであった。しかし、筆者はかつて初期量産機のグリーンを「大量生産に適した非迷彩機=機体内部色フィニッシュ」と定義し、ジオン公国MS塗装に一貫した戦略構想を見いだそうと試みた。この姿勢をMS−14Jgの赤塗装に援用すれば、自ずと解釈の方向性も定まろうというものである。故に、今回はMS−14Jgの赤塗装を「特別な塗装」ではなく、「必然性を持った塗装」と捉え、諸々の例証を挙げつつ、順次解釈していくこととする。

 まず、一年戦争最末期に生産された同時期の機体を見渡してみよう。MS−14に続く次期主力MSとして期待されていたMS−17「ガルバルディ」の試作機と思われる機体(註1)が確認されているが、その塗装はMS−14Jgと同系統の赤塗装であることが注目される。また、「ザク」「グフ」「ドム」「ゲルググ」ときたジオン軍制式MSの名称がいきなり「ガルバルディ」と具体的な人名に落ち着いているのも不可解である。しかし、この「ガルバルディ」が通称の類であったならば、その成立過程は容易に想像し得る。「赤い機体」だったからこそ、単純に「ガルバルディ」と呼ばれたのであろう。ご存知のとおり、ジュゼッペ・ガルバルディは義勇軍「千人隊」(通称「赤シャツ隊」)を指揮し、イタリア統一に功のあった軍人である。反面、政治的手腕に欠け、後年失脚するが、軍人としては得難い資質をもった指揮官であった。末期のジオン軍にあって名称未定(あるいは極秘)の新MSに対し、実務的な側面から何らかの呼称を与えようとしたとき、その外観から赤シャツ隊指揮官「ガルバルディ」の名が持ち出されたとしても、極めて自然な成り行きであったろう。

 MS−17には、この赤系塗装とグリーン系塗装が知られているが、宇宙用のMS−17Aが赤、地上用のMS−17Bがグリーンというように、大まかな区別(註2)があったものと思われる。また、連邦軍によって生産された機体も赤系で塗装されていることにも注意したい。
 こうした「使用環境によって塗装色を変える」という戦域別塗装の概念は、主に地上用MSの間で確認できる(註3)が、主戦場が再び宇宙に戻り、さらに製造ラインに余裕のなくなった末期にあっても、それなりの効力を保っていたようである。MS−09RII等には空間戦使用のグレー系塗装とコロニー内使用のグリーン系塗装が存在するが、もはや大規模な地上戦が想定できなくなった末期においても、こうした戦域別塗装が比較的考慮された問題であったことが窺える。MS−17Bが地上戦用にグリーン系塗装を施していたとしても、なんら訝しむには値しまい。

 また、赤系塗装はMS−17に限らず、最末期の製造であることが推測されるMS−06R−2の増加試作機(通算5号機)でも確認されている。しかも、この機体では赤系塗装の施された具体的な理由まで記録が残っている(註4)のである。資料中にある「特殊加工塗料」とは、金属の腐食防止を主目的とした俗に言う「錆止めプライマー」の類であろう。また、ここでいう「正式塗装」とは、機体内部色でもあるグリーン系塗料のことと思われる。あるいは末期のこととてMS−14Aに用いられたグレー系の可能性もあるが、いずれにせよ、段階的に何層にも塗り重ねられるMSの塗装のなかでも、もっとも下地に位置する塗装であることが察せられる。塗装工程の簡略化のため、あえて迷彩を行わず、機体内部色のままフィニッシュしたものがグリーン系塗装だとすると、一年戦争最末期の赤系塗装は、その機体内部色さえ省略した緊急配備機の趣があったものと思われる。
 また、この機体がおそらくグラナダで生産されたであろうことも注目に値する。こうした処置を他に先駆けて実施した工廠となると、まず思い浮かぶのが「MSの生産効率向上」に並々ならぬ情熱を燃やしたキシリア・ザビ少将、マ・クベ大佐らが事実上掌握していたグラナダ基地である。あるいは全軍の意志統一までに至らず、かの大増産政策はグラナダだけで実施された可能性も否定できないところであろう。
 なお、同資料には胴体部と四肢・頭部の色調が異なることについての記述は特にないが、残された写真(註5)を見ると、明らかにツートンカラーとなっている。これら胴体部の色調変化については、拙稿「ジオン公国軍MSの正式塗装について」を参照願いたい。

 さて、絶滅した恐竜を研究する際に現生の鳥類を参考とするように、最末期の公国軍MSを考察するに際し、その系譜を引く機体を参考にするのは当然の発想だろう。となれば、地上に潜伏した部隊単位の武装集団ではなく、まがりなりにも一独立勢力として気を吐いたアクシズ製MSに注目するのも、ご理解いただけることと思う。それでは問題のアクシズ製MSで「最も早い時期に量産された機体」、「国力的に最も苦しい時期に生産された機体」は何だろうか? おそらく疑いなくガザ系列の機体であろう。それでは、ガザ系MSの基本塗装は何色であろうか。AMX−003「ガザC」、AMX−006「ガザD」(の一部)、AMX−007「ガザE」ともに、基本塗装は赤系である。ガザDに関しては青色に塗られた機体が良く知られているが、当然ながら赤系統の機体(註6)も存在していた。全体の流れから考えてどちらの塗装が本来のものかは自明であろう。AMX−008「ガ・ゾウム」では赤系統の機体は確認されておらず、どうもAMX−006の後期シリーズより赤系塗装が廃止されたようである。本来、ガザシリーズの発展型として開発されていたAMA−01「ジャムル・フィ ン」は青系、AMX−016「ガザW」は標準グリーン系と、ネオジオンによる赤系塗装は、この時点においてようやくその使命を終えるのである。

 以上のように、ほぼ同時期の機体(MS−17A、MS−06R−2「5号機」)及び、直後の機体(AMX−006等)から、赤系塗装は決して個人、ないしは部隊単位による自己主張の類ではなく、組織の戦略ドクトリンに従った全軍的な処置であったことが窺い知れる。
 あるいは、MS−06FZ、MS−09RIIを始めとする機体を取り上げ、一年戦争最末期の機体にもそれまでの塗装を引き続き採用した機体があったと指摘される向きもあろう。しかし、一年戦争末期の混乱の中、各メーカーに指示を徹底すること自体が難しくなっていたであろうし、ここでは深く触れないが「機体冷却方法の違い」等もあろう。
 また、MS−14、及びその製造ラインに乗るかたちで生産される予定であった(註7)MS−17系は、もはや特定のメーカーによる機体とはいえず、軍の強力な指揮のもと、各メーカーが持てる技術を提供しあって作業を分担した共同生産MSであったと言えよう。もちろん、既存の製造ラインの流用ではなく、「最新技術の投入」と「効率良い生産」、この二つの命題を満たすために新設された、国家主導の画期的な生産システムだったに違いない。そうした軍中心の工廠だったが故に、「機体上塗り塗装(グリーン)廃止」という新規定にも速やかに対応できたのではあるまいか。そうまでして工数を減少させたにもかかわらず、結局のところ、こうした省工程型機が完成し、戦場に登場するころには既にジオンの戦線は各所で崩壊していたのである。一部の機体が実戦に使用されたが、そうまでして完成を急いだ機体の多くは、結果的に実戦に参加することはなかったのである。おそらく、本土決戦に備えてサイド3本国に配備されたか、あるいは赤系塗装のMS−14Jgを実戦使用した数少ない部隊であるヘルシング艦隊の母港、月のグラナダ基地等に集積されていたのであろう。なお、一部の 資料では終戦時にグラナダから十数機のMS−14が持ち出された旨を伝えているが、こうした形でアクシズへ至った機体も多かったものと思われる。これらの機体の中から、後のMS−14Jが生まれたのであろう。

 また、アクシズ/ネオジオンのMSに関しても、地球圏に再来し、物資と生産基盤を確立した前後から、再び各MSに合せた仕上げ塗装が施されるようになっていく。殊に、地球進攻を目的に開発された機体には、水中用機のブルー系(AMX−109)、汎用量産機のグリーン系(AMX−101、AMX−107)等、往年の規定に従った機体塗装を施すものも存在した。赤系塗装は再び「一部のエースパイロットの機体」の代名詞となり、それはU.C.0093年のネオジオンの反乱に止めを刺すことになる。歴史は繰り返すというが、まさに往年のエース、シャア・アズナブルの復活であった。しかし、MSの生産様式の変化や、戦闘の短期化・テロ化が促進された90年代にあっては、人間ほどに社会は繰り返さなかったようである。その後、LM111E02「ガンイージ試作1号機」等、一部の試作機をのぞいて、塗装工程を省略した量産MSは現れていない。


註1.MS−X雑誌発表時のカラーリング。頭部トサカが装備されておらず、試作段階にあると思われる。
註2.MS−17A=「ガルバルディα」、MS−17B=「ガルバルディβ」とする短絡的な解釈も見られるが、もちろん具体的な根拠には乏しい。雑誌『MJ』第123号にはMS−17B「ガルバルディα」との記述もあり、ジオン公国によって生産された機体が「α」、戦後に連邦軍によって生産された機体を「β」と便宜上呼称していたに過ぎないと考えられる。
註3.例としては熱帯用のサンド系等がある。
註4.ゲームブック『機動戦士ガンダム 最後の赤い彗星』によると「赤きザクII……。そう、この機体には真紅の塗装が施されていた。といっても、もちろん私、"赤い彗星のシャア"に合せたわけではない。この機体はまだ正式塗装がすんでおらず、赤い色は下地の特殊加工塗料本来の色なのだ。」とある。
註5.表紙イラスト参照。
註6.初期設定とされるもの。あるいは作品終盤のモブシーンにも確認できる。
註7.「MS−17ガルバルディ MS−15ギャンの発展型モビルスーツ。格闘戦本意に設計されている。MS−14ゲルググの生産ライン上に乗せられているので、フォルムはよく似たものになっている。」(『コミックボンボン』1984年9月号より引用)


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