「ボーテックス・ジェネレーター」のこと


 UC歴も120年代を過ぎるとMSの設計にも一つの画期が訪れる。即ち、それまで第一義とされてきた「パワー重視設計」からの脱却である。もちろんこれ以降のMSも段階的に出力、推力等は向上している。しかし、設計の中に占めるこれらの割合は確実に減少していったのも事実である。
 それではパワーよりも優先され、性能を決定する重大用件となったものとは何か。それは間違いなく「小型軽量化」であり、その発想を進歩させた「空力的洗練」であろう。もちろん宇宙空間専用の機体について「空力的洗練」云々はナンセンスである。しかし、ジェネレータ出力、スラスター推力等の向上が、当時の汎用MSに「より以上の性能向上」をもたらさなくなったのもまた一面の事実である。地上、コロニー内の戦闘において航空機等に決定的に劣る運動性は、通常兵器の進歩により、その無敵神話を打ち砕くに十分であった。MSの機動を特徴付けたAMBAC機動を始め、シェルフ・ノズル、フィン・ノズル等の高機動ディバイスは次々と開発されたが、低コストの無人兵器「バグ」等に対してすらあまりに非力であった。空間戦闘であれば高い推力を利して振り切れるものを、大気圏、ないしそれに準じた戦域ではいいようにあしらわれる結果となったのである。それがUC0120年代という時代であった。
 こうした大気のある戦域での「高機動」とは、良く言われる「出力」、「推力」よりも「小型軽量」であること、また「空力的に洗練」されていることが重要である。往年のTMSもNRX−004、ORX−005、MSZ−006等はトランスフォーマブル構造によって構造抵抗を減少させていたが、実際はこれらの機体には大きな問題があった。前面投影面積を減らし、空気抵抗を押さえることは可能になったが、逆にこれらの機体が本質的に持つ機構の複雑さからくる構造重量の増加がそれを相殺してしまっていたのである。そのため、これら高価なTMSも対費用効果を勘案すれば極めてコストパフォーマンスの悪い機体となってしまったのである。こうした反省から、後にRX−160を始め非変形の滞空型MSが開発されたが、正式採用されることはなかった。当時のジェネレータ出力ではこうした性格の機体に十分な武装を施すことができなかったのである。
 こうしたジレンマに回答を与えたのがHe3、重水素を縮退した状態で保持し、Iフィールド・シリンダーを通して反応させる改良型反応炉の実用化である。これによりMSは15m台へと一気に小型化し、かつパワーは大型MS以上の数値を実現していた。もちろんこのためにはMCA構造など、幾つかの新技術の実用化を待たねばならなかったが、既にUC0120年代の始めには「高機動MS時代」の扉は押し開かれつつあったのである。

 改良型反応炉、MCA構造、それに高度なIフィールド制御技術があいまってUC0120年代はMSの小型軽量化が一気に進んだ時期である。しかし、MS自体が生得的に抱えるジレンマそのものが解消されたわけではない。そのジレンマとは他の通常兵器に比して「極めて大きな構造抵抗」である。MSは空間戦闘での機動性を確保するため、マニピュレータを始め「スタビレーター」、「バインダー」等と呼ばれる多くのAMBAC作動肢を獲得してきた。その当時、これらが増えることは「コストの高騰」とともに「運動性の向上」をも意味しており、高性能MSの一種のステイタスでもあった。しかし、それは必然的に機体の大型化を招き、ますます構造抵抗を増やすことにもなった。つまり、トランスフォーマブル構造等を採用し、構造抵抗を減らそうとすれば相対的に構造重量がかさみ、逆に構造重量を減らして機動性を維持しようとすれば巨大な構造抵抗という壁に突き当たったのである。
 こうしたジレンマに一石を投じたのが、後に傑作MSと呼ばれるS.N.R.I.製の「F91」である。改良型反応炉、MCA構造、高機動スラスター、バイオ・コンピューターと当時のMS設計のトレンドを高い次元でまとめあげ、これに新機構の可変速メガ粒子砲「V.S.B.R.」を装備するなど、その完成度は驚異的であった。そして、この「F91」を傑作ならしめたもう一つの要因こそが「空力的洗練」である。それまでの機体、殊に同じS.N.R.I.製のMSに比しても格段に優れたエアロ・フォルムを持つ「F91」は、ついそのスタイリングに目が行きがちであるが、目に見えない部分にも空力的洗練が施されていたことに注目して欲しい。

 いきなりだが、女性水泳選手の競泳用水着を観察したことがおありだろうか?おそらくこのような記事を熱心に呼んでいる多くの読者にとっては、女性の水着よりMSのスタイリングの方が魅力的なのかもしれないが、一度じっくり観察してみることをお勧めする。そうすれば、オリンピックなどの第一線で使用されるそれには、生地に奇妙なストライプ模様が認められたり、また胸やお尻などにたくさんの小突起が植え込まれていることに気が付かれるだろう。これこそ表題の「ボーテックス・ジェネレーター」である。「ボーテックス」とは「渦」のことであり、したがって「ボーテックス・ジェネレーター」とは「渦発生器」のことである。これは現用航空機やF1等の自動車競技などでも採用されている機構である。ではなぜ水着に「渦発生器」が必要なのだろう。これは人間の体がMSと同じような巨大な構造抵抗を持つことに起因する。水中での理想形は言わずと知れた紡錘形である。これに対して人間のそれは極めて起伏に富み、女性の場合「乳房の下」「腋の下」「股間」といった部分に剥がれた水流が巻き込み、これが推進方向に対して反対に引っ張る力を生んでしまうのである。以前は水 着の生地を滑らかにすることによって表面抵抗を減らすことが目標とされた。しかし、この方法では縦渦の発生を遅らせることはできても、根本的な解決は不可能だった。そのため、この縦渦の発生を打ち消すために考え出されたのが、意図的に横方向の渦を発生させる「ボーテックス・ジェネレーター」である。まず、「ストライプの生地」は単なる模様ではなく、表面に摩擦係数の異なる2種類の加工が施されている。この2種類の表面を滑る水流は抵抗の大きい部分では比較的遅く、逆に抵抗の小さい部分では早く流れる。これら抵抗の異なる生地を交互に配することによって生まれる水流の速度の違いが横渦を発生させるのである。また、部分的に配された小突起はそれ自体の形状により横渦を発生させ、この横渦によって起伏に巻き込む水流を遮断するのである。水流も気流も原理は同じである。お分かりいただけたであろうか?要するに、F91にも同様の表面加工が施されていたと思われるのである。断定するに足る資料は現在のところ発見されていないが、大気中であれほどの高機動を見せるからには「小型軽量大出力」だけでは説明が付かない。さらには後年のZM−S08G、ZM−S09G 等のF91と同じ系譜に属する機体に至っては、大気圏内で単独飛行を実現してしまうのである。ビーム・ローターという新技術の実用化があったとはいえ、空力的洗練がUC0120年代に比して格段に進歩していなければ不可能な所業である。
 もし筆者に可能であればZM−S08Gの後頭部を間近で見てみたいものだ。おそらくそこにはツヤの異なる2種類の塗料による塗装が施され、整然と小突起が並んでいるはずなのである…。


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