YMS−09「局地戦闘型ドム」

−YMS−09 ”Dom Tropical Testtype”−


■用意するもの
 1/144、1/100両キット・ボックスアート及び解説書

■あると便利なもの
講談社ポケット百科シリーズ33『モビルスーツバリエーション2 ジオン軍MS・MA編』


 このボックスアートからは実に多くのことが読み取れる。まず、この機体がYMS−09・2号機を改修して製作されたプロトタイプである、ということだ。これは各種文献に紹介される「YMS−09トロピカルテストタイプ」が同じマーキングを施していることからも明らかであり、「資料1」中の「この機体は、YMS−09プロトタイプドムの二号機を改修したものである。つづいて数機のドムも、テスト用に改修中であったらしい。〜中略〜場所は、アリゾナの実用試験フィールドであったとされているが、事実は不明である。」という記述もこれを裏付けている。

 また、機体に記入された「3」「631」「31」という3種の数字も、おおよそ解析が可能である。まず、「631」が「第6中隊・第3小隊・1番機」であると解釈すれば、両腕に記入された「3」は「第3小隊」を、バズーカに記入された「31」は「第3小隊の1番機用」を、それぞれ表わす数字ということになるだろう。また、火器に関しては中隊単位で管理を行っていたのであろう。そのため大隊規模の識別は不用であり、第6中隊内で「どの小隊の装備か?」が分かれば良いのであり、何もわざわざ「631」と記入する必要はないのである。

 なお、「第6中隊で第3小隊」というのは普通に考えればおかしいらしい。第1中隊が第1〜3MS小隊で構成され、第2中隊が第4〜6MS小隊,第3中隊が第7〜8MS小隊で構成されるのが普通の編成であるらしいとされるからである。だが、これは一例であって、大隊が3個中隊+本部小隊で編成されるのであれば、第2大隊は第3〜6中隊で編成され得る。また、小隊番号に関しても、かならずしも通し番号とは限らず、中隊内でそれぞれ独自に小隊番号を与えていたことも充分に考えられる。以上により、「631」はアフリカ方面に展開したとされる第5師団の第2大隊所属であり、第6中隊の第3小隊(ないしは「C小隊」)所属1番機であろうことが推測可能なのである。

 問題は、この機体が「カラカル」に配備された、とされていることである。実際に「カラカル」に配備されたのであれば、この機体の主は隊長のロイ・グリンウッド少佐の可能性が高い。なるほど、彼が熱帯地用ドムに搭乗していたことは「資料2」から明らかであり、その通称が「サンダーキャット」であったことまで判明している。「サンダーキャット」といえば、MS−06D(MS−07Dという記述もあるが、これは誤植であろう)のパーソナルマーキングとして有名な山猫のマークである。この山猫のマーキングを施した機体も、アフリカ戦線のアレキサンドリア周辺で確認されている(「資料1」参照)ことから、確かにグリンウッド少佐のマークであったとしてもおかしくはない。しかも「資料3」ボックスアートにもあるように、問題の「631」の腕には、これと良く似た稲妻状のマーキングが施されているのである。これが「サンダーキャット章」の背景に描かれている稲妻と基本的に同じものであるとすれば、YMS−09のものが「楷書」であり、MS−07のものは「行書」ないし、より「絵」に近いバリエーションであろうことまでが見て取れるのである。そう考えると、この 「サンダーキャット章」(「猫」は実際には描かれていないが)をあしらった「631」は、やはりグリンウッド少佐の機体だったのであろうか?

 しかし、ことはそう単純ではないのである。ご存知の通り、「カラカル」は「地球攻撃軍第5地上機動師団第1MS大隊A小隊」の通称とされている(「資料1」参照)。そこから考えて「631」というのはいかにも「変」なのである。さらに細かく見ていくと、「631」にはアリゾナでのテスト時には施されていなかった、右肘の「アラビアン」が確認できる。「アラビアン」は、これまで地球攻撃軍第5地上機動師団第2MS大隊所属のカーミック・ロム大尉のパーソナルマークとされてきたものである。後に彼を隊長とする遊撃隊「スコルピオ」が編成され、「アラビアン」は同部隊の部隊マークとしても用いられたことから、ロム大尉のパーソナルマークだとは断定できないものの、これはどういうことだろうか?「631」は本当にグリンウッド少佐の機体だったのだろうか?この疑問に答えるために、実は機番「631」が重要な意味を持ってくるのである。

 先に第6中隊は第2大隊所属であろう旨を指摘しておいた。そこから考えると、「631」のパイロットとして、第1大隊所属のグリンウッド少佐と、第2大隊所属のロム大尉のどちらが相応しいだろうか? この期におよんで、敢えて指摘することは何もあるいまい。また、カラカル小隊のマークとされる「四つ葉のクローバー」が描き込まれていないことも、これを裏付けていると言えよう。結論づければ、このボックスアートの機体はおそらくカーミック・ロム大尉の乗機であり、地球攻撃軍第5地上機動師団第2MS大隊第6中隊C小隊1番機だった可能性が極めて高いのである。この機体の右肘にはこれまでの撃破スコアが記入されているが、これによるとこの時期までに通算で15機のスコアを挙げていることがわかる。時期的にはオデッサ直前ともいわれており、これらがMSのスコアであることはまずないと思われるのだが、正確なところは不明である。腰部正面に描かれた赤フチ付き黄のマークは、ジオン公国軍軍服や同襟章に描かれるものと同じモチーフであり、一種の国籍標識として機能していたものと思われるが、他の機体で確認されたことはなく、どれだけ一般化していたものかは 不明である。なお、注意していただきたいのは、機番「631」がテスト時の「黒文字にグレイのシャドウ」から「黒のみのステンシル文字」に変っている点である。おそらく実戦配備に際して書き直したものと思われるが、テストを行っていたアリゾナから、「スコルピオ」が展開する中東地区に移送されるまでに、どこかでワンクッション置いていたのかもしれない。そこでしばらく試験運用を行った後、カーミック・ロム大尉の「スコルピオ」へ配備された可能性も匂わす、貴重な証拠でもあるのだ。それこそ、それが「カラカル」であった可能性はゼロではないのだ。今後の調査が待たれるところである。

 また、ここまで判明すれば、後ろに写っている機番「2」のマーキングについても推測が可能である。おそらく下腕部に「所属小隊」を表わす「3」を赤フチ付き黄で記入し、左脇腹には「2番機」を表わす「632」を黒で記入していたものと思われる。胸部の「2」は赤フチ付き黄ではなく、地色のサンディイエローを塗り残した赤フチだけのもののように見える。頭部アンテナ基部の赤線2本は2号機を表わすものと思われる。

 それでは、逆に「カラカル」に配備されたと言われる機体はどんなものだったのだろうか?「資料1」によれば、「カラカル部隊に配備されたDタイプのドムは、予備をふくめ四機であった。そのうち二機は、量産先行型のドムをDタイプに改修したものである。」とあり、グリンウッド機「サンダーキャット」は、量産先行型ベースの機体であったことが窺えるのである。機体ナンバーも「地球攻撃軍第5地上機動師団第1MS大隊A小隊」という記録から「111」「211」「311」のいずれかではないかと推測される。絞り込めないのは所属中隊が明記されてないが故だが、第1中隊がA〜C小隊、第2中隊がD〜F小隊、第3小隊がG〜I小隊であれば、さらに特定が可能である。ことさらに中隊が明記されていないことから考えて、上記の通りである可能性も高い。そうなると「111」の可能性が極めて高く思われるのだが…。また、そうなるとカーミック・ロム大尉の所属も、「第6中隊の3番目の小隊」であることから、「C」小隊ではなく、「I」小隊である可能性が高いが、これに関しては明言は避けたい。

なお、「資料1」の記述から、「カラカル」には量産先行機改修型が「111」と「112」の2機、量産機改修型も「113」「114」の2機が存在していたものと思われる。このうち1機は「予備」とされているから、組みあがったMSの形で存在したかどうかはわからない。

 いずれにしろ、今回はどちらかというと不得手な部隊編成の方面にまで足を突っ込んでしまったため、解釈の面で思わぬミスもあろうが、これまで存在しなかった「ボックスアート史学」という新たなジャンルの確立に向けて、また一歩前進したものと自負している。「ボックスアート史学」興隆のため、諸兄の反応に期待するや切である。


資料1.『モビルスーツバリエーション2 ジオン軍MS・MA編』(講談社)
資料2.1/144「YMS−09トロピカルテストタイプ」解説書(バンダイ)
資料3.1/100「YMS−09トロピカルテストタイプ」解説書(バンダイ)


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