アベレージ

戸野隆弘



 市中に設置された監視カメラをつうじて、街角の風景が送られてくる。それは、監視室に設置された二千にもおよぶ画面に映し出されている。
広い監視室には、私たち監視員と若干の補助員の、およそ五百人近くのスタッフがいた。
画面は、このY市の隅ずみまで映し出す。
映像の中の男達は、そろってダークグリーンのフィットスーツを着ていた。そして女達は皆、イエロー系の布で体をおおっている。そして子どもたちは、男も女もグレーのパーカーとトレーナーパンツを身につけていた。
「あの親子づれのようすは、どうですか?」
 部下のMA295が、私たち二人の監視区域を映す六台の画面の右から二番目を指して、そう尋ねてきた。
 そこには、公園のベンチに座った夫婦と思われるカップルと、そのそばのブランコで遊ぶ一人の男の子が映っている。
「あの男のスーツの色は、アベレージの基準よりちょっと薄いように見えますね」
「そうだな。女の服も、色はアベレージの許容範囲だが、丈が一〇センチほど短いようだ」
「それにあの子の行動もおかしいですよ。ほら、近くで他の子たちがみな自転車遊びをしているのに、一人だけ集団と離れてブランコをしている。そばに親がいるとはいっても、調和を乱しているとしか思えません。見たところ五歳ぐらいです。そろそろ自我を主張したい年齢かもしれませんね」
「音声を拾ってみよう」
 監視塔からの集音マイクが、数百メートル離れた親子連れに向けられた。しかし、ブランコの、キーキーという音以外は何も入らなかった。
 私はあきらめて“オフ”の指示を出そうとした。その時----。
「危ない! ジュン」
女性のかん高い叫び声が、ヘッドホンに飛び込んできた。
 どうやら、子どもがブランコからすべって落ちたようだ。しかし父親が駆けつけるより早く、子どもは自分で立ち上がって、服についた泥をはらっていた。けがはないようすだった。
「聞いたか?」
「はい、確かに聞きました。『ジュン』という個人名を使いました」
「取調官に通報して、彼らに思想チェックをかけさせよう。登録ナンバー以外の名前をつけているということは、その個性を認めていることになる。反社会的な行為だ」
 私は、マイクを取り上げ、数日ぶりの通報をした。
「取調官待機室へ。こちら観察員FE475。観察ポイント2486の公園のベンチで、アンチ・アベレージの疑いがある親子三人づれを観察中。そちらからのチェックを要請する」
 私は、できるだけ抑揚をつけないよう気をつけながら、機械的にいった。隣に座っているMA295もまだ若干そういう傾向があるが、若い観察員などは、こういう時、ついつい自分が手柄をあげたような気がして、興奮しがちだ。しかし、そういうこと自体すでに自己主張と見られてもしかたのない行為なのだから、つつしまなければならない。何をするにも、私のようにきわめて自然に、目だたぬように、没個性的に、そしてなにより平均的に・・・・。


 取調官は、私の提出した監察書類に目をとおしている。被疑者が呼んだ「ジュン」という名前を記した部分に、アンダーラインを引いた。
「どういうつもりで子どもに特殊な名前をつけたのですか? WS323」
取締官が書類から顔をあげ、被疑者の男を見た。
「私たち家族は、もう記号なんかで呼びあいたくないんです。だいたい、人間として固有の名前ぐらい持つことは当然のことじゃないですか。私たちが子どもの時のように、もっと個性や人格、人権を尊重した社会を・・・・」
「警告します! 『個性』とか『人権』などという禁句を使うと、あなたの罪はますます重くなります。すべての基準はアベレージなのですから」
 取調官は、能面のような表情をくずすことなく言った。そして、WS323とよばれた被疑者の男と、その隣でうなだれている彼の妻の方を見た。膝の上では、連行した時は無邪気に笑っていた男の子が、今はただならぬ様子を察してか、泣きだしそうに顔をゆがめている。
「あなたの言われることはわからんでもありません、WS323」
 取調官の隣に座っている教育官が、口をはさんだ。
「あなたのような考えは、人類の歴史の中で、一八世紀のアメリカ諸州の憲法やフランスの人権宣言以来、世界各国の人権宣言や憲法などに採用されるようになりました。そして自由主義の立場の人権、さらには社会主義的な意味の人権と形を変えながらも、二十一世紀の初頭までの数百年間は、おおむね支持されてきました。そして多くの国々で、『人権』や『人格』の尊重が当然のこととされました。しかし、それはしょせん、普遍的な真理ではなかったということです。実際、あなたのような思想は、二〇二〇年代の前半、つまりあなたが子どもだった三〇年ほど前には急速にすたれ、いまや完全に淘汰されてしまいました」
 男は反論する。
「聞いたふうなことを言わないでくださいよ。あなたの説明は今の歴史の教科書の記述そのままだが、自由や人権の思想は淘汰されたんじゃない。当時も悪名高かった日本の管理と統制の教育が、その経済力を背景に、国内だけでなく世界中を強引に支配してしまっただけだ。マスプロの日本製品が世界中にあふれたように、画一化の間違った教育を世界中へ輸出したんじゃないか」
「そういう発言はそれ自体問題になりますから、ほどほどになさったほうが・・・・」
 しかし、教育官の警告を無視して男は続ける。
「学校では制服だ、髪型だ、おじぎの角度だと、つまらん校則でがんじがらめにし、道徳だ常識だといって、頭の中まで同じ規格の電子部品みたいな人間を量産したんじゃないか。子どものころから人と同じようにすることばかり教え込み、人と違うことは悪いことだと信じさせてしまった。できたのは、個性のかけらも持たない人間達ばかりだ。アベレージなんて大間違いさ。あげくのはてには、人格を認めるような名前はつけるなときた。これじゃあ飼犬の方がよほどましだ。いったい・・・・」
「だまりなさい!」
 教育官は、たまらず叫んだ。
「いや。大きな声をだして申し訳ありません。しかしそれは、日本が押しつけたというものではありませんよ。たとえば中国では、当時『事件』とまでいわれた一九九〇年の『天安門暴動』がありましたね。あの暴動の歴史的評価は、結局、人権尊重などという反社会的なスローガンを掲げた反逆者たちの思想が間違いであって、それを勇気をもって鎮圧した中国政府は、まったく正しかったということでしたね。当初その鎮圧を非難したアメリカ政府も、さすがにその後、間違いを認め、国連の場で公式に陳謝したわけです。まあ、アメリカもああいう大きなあやまちを犯したのだから、今後何世紀も大きな顔はできないでしょう。集団にさからわず、目だたず、みんなと同じようにする、そういうことがこれからの国際社会に最も大切だということは、今や世界の常識ですね。それがつまりはアベレージなんです。もちろん『人権』などと言い出したら、世の中成り立たない」
「アメリカと言えばですね・・・・」
 今度は取調官が割り込んだ。
「今でこそアベレージ先進国などと言われているが、一時は『人権外交』などという間違った政策をとって、世界中に迷惑をかけたんですよね。過去のあやまちとはいえ、考えただけでいまいましい」
 教育官は、あいづちをうって話を続ける。
「南アフリカの人種差別問題についても、当時のアメリカは、間違った考えを押しつけようとしましたね。黒人を差別をするなといった。いまの常識では、考えられない主張だ。外見が普通と違えば、差別されても当然です。違う方が悪い。まあ、当時は肌の色を脱色する技術がなかったから差別から逃れることもできなかったのだが・・・・」
「この際だから言っちゃいますがね、私も、もとは白なんですよ。恥ずかしいことですが・・・・。世が世であれば差別を受ける側だ」
取締官が自分の頬をなでながら言う。
「でも、皆さんと同じように、アベレージの黄色に整形していますから、幸い差別を受けずにいられるわけで・・・・。ところでWS323あなたは、もとは何色なんですか? いや、まあどうでもいいことだが・・・・」
「やめてください。私たち家族の考えは違うんです」
 WS323の妻は顔をあげて言う。
「まさか、それ以上おっしゃると・・・・」
 教育官が、それをさえぎろうとした。
「いいえ、言わせていただきます。私たちは、個性と人格をもった人間でいようと決心したのです。人間はそれぞれ、人と違うのがあたりまえです。それでこそ人間じゃないですか。この子にも、自分の考えをもって、個性豊かに生きて欲しいと願っています。名前もコードナンバーではなくジュンといっています。もちろん私たち夫婦もお互いに名前を・・・・」
「もういい、よくわかった。こちらまで頭がおかしくなる。近ごろまれにみる異常思想だ。教育的な矯正は不可能です」
 教育官は、さじを投げたようにそう言った。
「そうですか、教育官。そちらとしては処置なしですね。医務局に身柄を渡して、医学的に脳の矯正手術をおこないましょう。もちろんこの子も一緒です。両親がこれでは、遺伝的に悪い思想をもっているでしょうから」
 取締官は、言いながらデスクのボタンを押した。
 すると親子づれの背後の壁が開き、護送ロボットが三台あらわれる。一瞬のうちに、泣き叫ぶ親子連れを抱え上げ、医務局へ続く廊下に出ていった。


 私は仕事を終え、いつものように、統一規格のマンションが建ち並ぶ通りを歩き、ビルのナンバー表示だけを目印に、部屋に帰ってきた。テレビでは、『世界のアベレージ情報』がちょうど始まったところだった。
「よかった間にあった」
私は思わずつぶやいた。なにせこの放送を視ないことには、最新のアベレージ情報にうとくなり、あらぬ疑いをもたれかねない。特に私のようなアベレージ監視官にとって、この番組で得る知識は職業上も必要なことだ。
 そしてこの放送は、いまや世界最大の人気番組だ。というより、多くの人間がみるということは、本当は見たくない人たちも、「視なければ、普通でない」といううしろめたさで、やはりみてしまう。だからさらに高視聴率となり、そのことがいっそう----という循環で結局、世界中のみんなが視ているのだ。
 番組はいつものように、服装情報からはいっていった。
「男性の服装の世界情報です。ダークグリーンの標準服の違反は、目だったものはありません。ただ、インドの南部地域に供給された標準服は、染色過程にミスがあり、多少青みが濃いものが出回っています。しかし国連の常任会議では、次の製品の供給まで黙認する方針です。なお、来週から全世界の衣替えで、グレーの半袖シャツに替わります。また女性の標準服は・・・・」 
 番組は、服装、食事、住まいの標準等を順次、紹介していく。番組は最後に、事件コーナーとして、アベレージに従わなかった犯罪者の処分状況の一覧を紹介して終わった。
「今日は〈転換〉がなかったのね、つまらない」
 いつの間にか私の背後に、妻のSY771が立っていた。
「めったなことを言うもんじゃない。誰かに聞かれたらどうする」
私は無意識のうちに、まわりを気にしていた。その筋に、盗聴されているおそれも無いとはいえないのだ。
「あら、ごめんなさい。でももうすぐ、料理の標準メニューに〈転換〉が起きると思うの。多分だけど、そんな気がするわ」
 彼女は、いたずらっぽく笑った。
 そうか、近ごろ外出が多いと思っていたが、妻はひそかに活動しているのだな----私は、そう察した。アベレージは、たとえ献立であれ、絶対に守らなければならない。違反には重い罰則がある。しかし、もともとアベレージは、「多数の人間がそうしている」ということがその基準になっているだけだ。だから、ある日突然、多数と少数が入れ替われば、その時から、守るべき標準は〈転換〉する。
 そして、時々そういうことは起こる。たとえば二年前、女性の冬服が、それまでのパープルからイエローに〈転換〉した。それは、あるアフリカの女性が、当時のアベレージに反してイエローの布を身につけたことがきっかけだった。当然、私たちのような取締官が、彼女を逮捕して連行したのだが、その処罰が決まるまでに、この報道を聞いた世界中の女性達が、我もわれもと、いっせいにイエローの布をまといはじめたのだ。パープルの服は、すでに飽きられていたのだ。
 そして三日もたたないうちに、「多数」は入れ替わった。パープルの服はマイナーとなり、イエローの布がアベレージになってしまったのだ。それからは逆に、パープルの布を身につけることは、アベレージに反するので、罪になることになった。
 そういうことは、まれに雪崩現象のようにおこる。中でも料理の標準メニューなどは、もともと示し合わせて〈転換〉の機会をうかがっているやからの、絶好の対象なのだ。私の妻も、そういう地下組織の活動に加わったのだろう。しかし、監視員としての私の立場もあるのだから、ほどほどにやってもらいたいものだ。下手をすると、今日の親子づれのようになりかねないのだから。
 私は、少し苦々しい気分で、グラス二杯がアベレージのピルスビールを飲み干した。

 そんなことがあってから一カ月ほど後の月曜日の朝、私は妻に揺り起こされて目覚めた。彼女は、壁に組み込まれたスーパーハイビジョンの画像を指して、私にそれを視るよううながした。
「ただいま、特別番組を放送しております!」
『世界のアベレージ情報』のアナウンサーが、興奮気味に叫んでいる。
「先ほどから繰り返しお伝えしていますように、すべてのアベレージに、大胆な〈転換〉がおこっています。まず男性の服装の世界情報からお伝えします。赤、青、黄色、しましま、チェック・・・・ひとことで言えば、めちゃめちゃ、メロメロ・・・・いやはや、ともかくランダムです。解説員のBS690、この現象をどう見たらよいか、解説してください」
「そうですね。これはやはり、いわゆる〈転換〉でしょうか・・・・。いえやはり、これほど不可解な現象は解説員の私でも、とても説明できないと言うべきかもしれません」
「そうですか。それではつづいて女性の標準服にいきます。ちどり格子にオレンジ、大胆な花柄、中にはシースルー、おや、あれは半世紀以上も前に見られたというストリーキングです。もちろん若い美女です。おおっ、グラマー・・・・。しかし、放送倫理規定およびアベレージに触れるため、視聴者の皆さまにはボカシの映像しかお見せできないのが残念です。ああ、ランダムそれともフリーダム・・・・。解説のBS690、これはどうでしょう」
「ええ、このすっぽんぽんは、スタジオの無修正画面で観察できる解説者としては、やはり役得ですね。いえ、たいへん失礼いたしました」
「おっと、アナウンサーとしてはフォローに困る不規則発言ですが、視聴者のみなさま、雰囲気はおわかりでしょう。とにかく、毎日アベレージとしてお伝えしてきたすべての部門について、今はそれと思われるものが確認できません。世界中の人たちが、勝手気ままな行動をとりはじめたようです」
「あっ。ただいま国連当局の公式会見がおこなわれるようです。カメラを切り替えましょう」
 画面には、国連常任会議の女性議長が登場し、声明を読み始めた。
 彼女のギンギンのいでたちを見た時、私は一瞬、目を疑った。それは、スキンヘッドにべっこう縁のめがね、肌にはグリーンのクリームを塗りたくり、服は上半身が金属服、下半身はタイツ----という、度肝を抜くものだった。
「世界各国のみなさま。すでにテレビ放送等でご存じのように今日未明、〈転換〉が起こりました。今回の〈転換〉は、アベレージの意味それ自体について起こったものです。つまり、これからはあらゆる場面で人権や自由や個性を主張することが標準であり普通になったということです。つまり、人と違うことこそアベレージなのです。反対に、人と同じような身なりや行動をする者は、アンチ・アベレージの罪になるのです。お気をつけください・・・・」
「あなた、コーヒーをどうぞ」
 その声で我に返り、妻の方を見た。彼女は明らかに今までのアベレージに反する、セピア色の口紅をしていた。
「おわかりになった? 私たちの地下活動が、成功したのよ」
妻が私に微笑みかける。
「そういうことだったのか」
 私は舌を巻いた。しかしどうであれ、何が今のアベレージなのかわかれば、それでいいことだ。監察員である私の仕事も、この〈転換〉に対応するため、しばらくは忙しくなるだろう。だが、しかたあるまい。監視員のマニュアルも、早急に改訂版が配布されると思う。私はそれを忠実に実行し、新しいアベレージの実現に努めるだけだ。
 そうだ、さっそく監視室に出勤して、他人と同じ格好や行動をする個性のなさそうなやつらや、人権や自由の重要性を理解しないやつらの取り締まりをはじめよう。出勤時間にはまだ間があったが、今日は早めに職場に行ったほうがいいだろう。
 私は急いで着替えをすませ、玄関まできた。そのとき----。
「いってらっしゃい、ケン」と、妻は『FE475』という私のコードナンバーではなく、かつての私の名前を言った。
 私はふり返り、彼女のひたいに軽くキスをした。

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